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リアルな戦争話し。 自分が小さい頃に爺さんに聞いたこと。 爺さんは飛行機…

回答29 + お礼12 HIT数 528 あ+ あ-

匿名さん
20/08/25 19:36(更新日時)

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リアルな戦争話し。
自分が小さい頃に爺さんに聞いたこと。

爺さんは飛行機の整備士だった。
でも戦況の悪化と飛行機不足から、巡洋艦の鳥海に乗れと命令されて艦内の連絡員になった。

ソロモン海戦と言われる戦いに出た鳥海。
爺さんの初陣だった。
全長200mを超す重武装の鳥海は海軍の誇りで、足の遅い戦艦と比べてその存在は海戦の華だったそうだ。

速力は30ノットを遥かに超え、まるでモーターボートの様な速度で海上を疾走するその巨体は頼もしかった。

敵が接近すると一気に艦内は慌ただしくなり、主砲が放たれると轟音が響き渡った。
「耳栓してないと(耳が)やられるぞ!」と言われたが、連絡員の爺さんは耳栓する事が禁止されていて辛かったそうだ。

敵船と撃ち合いになった際に、敵の砲弾が真っ直ぐ飛んで来るのが見えたそうだ。
鳥海にも直撃した砲弾が多数あり、ガーンッ!と激しい音と衝撃が走ったが、装甲を貫通して爆発しなかった。

その時に爺さんが思ったのは、分厚い鉄板がまるで豆腐の様に簡単に貫通される様が、「自分は戦場に居る」と始めて実感した瞬間だったとのこと。
それまではやたらと士気高揚で歌ったり、いつもと変わらない厳しい訓練だったので、戦場に居る事が実感出来なかったそうだ。

多数の砲弾を受けた鳥海はズタボロになり、甲板には手足や内臓が散らばっていた。
連絡員として走り回る爺さんが一番困ったのは、走ってる最中にそれを避けながら進むこと。
激しく降り注ぐ海水を浴びながら、血塗れの床の上を滑りながら走り回って、下手すると自分が海に投げ出されそうだったとか。

若かった爺さんは連絡員としてアチコチ回って報告する中で、将校さん達から飴やパンをもらったりしたそうだ。
いつ死んでもおかしくない状況で、普通にしてる将校さん達の態度が印象に強く残ってると言った。

ソロモン海戦はまた起きて、次の戦いでは鳥海は至近弾(命中じゃないがすぐ近くで爆発)を受けた。
爺さんはその時艦内に居たが、ものすごい轟音と共に天井近くまで身体を跳ね上げられた。
直後に床に叩き付けられて頭を強打し、出血がひどく「自分は死ぬ」と本気で思ったらしい。

辺りを見回すと通路が歪んでいて、船全体が歪んでしまっているのが分かったそうだ。
近くに居た上官達の、「骨、行ったな…。」「ああ、だけど火ぃはまだ生きちょる」という話しが聞こえた。
「骨」とは船の骨格と言われる「竜骨」と呼ばれるもので、これが歪む事は致命打らしい。
「火」はエンジン…つまり動力源のこと。

この時、鳥海はエンジンは生きてるが、もう真っ直ぐ走る事が不可能になってたらしい。
それでも戦わなきゃならない理不尽さを強く感じたとのこと。

この戦いが終わった後、爺さんはラバウルという飛行場で降ろされて、本来の整備士の任務に戻った。
そして鳥海は次の海戦で沈没した。
何と生存者はゼロだった…とのこと。

船を降りる際に、先輩乗組員からいろんな物をもらった爺さんは、その「形見」に変わってしまった遺品を見て涙が止まらなかったとのこと。

その遺品は今は博物館に寄贈してある。
爺さんから譲り受けて自分が寄贈したものだ。

一人でも多くの人に見てもらいたい「戦争の記憶」だから。

No.3127931 20/08/23 12:23(悩み投稿日時)

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No.1 20/08/23 12:35
匿名さん1 

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その聞いた話を、本にして、出版してみては?

No.2 20/08/23 12:38
匿名さん2 ( 10代 ♂ )

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うん。
とても読み易い文章だね。
戦争の過酷さと理不尽。
そして、修羅場を潜り抜けた指揮官の強かさ。
戦争の前では、命なんぞ紙切れ同然だね。
正に兵隊は消耗品だ。
物と変わらん。
その中で生き残った者。
戦火の中で命を散らした物。
紙一重の差なんだろうな。

No.3 20/08/23 12:39
お礼

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>> 1 その聞いた話を、本にして、出版してみては? 本にするには情報量が少な過ぎますね。
また、当時現場に居た人の話しとは言え、思い込みや勘違いもあるかもしれません。
爺さん以外にも元戦友の方々からいろんなお話しを聞きました。
自分は生きている限り、それらを言い伝えて行こうと思ってます。

No.4 20/08/23 12:41
匿名さん4 

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個人の意識や感情に関係なく国が始める戦争。現代戦争はミサイル、戦略核兵器の時代。戦艦や戦闘機、戦車などは無意味、過去の感傷に浸っても戦争を始めたがる人間がいる限り無意味。

No.5 20/08/23 12:43
おしゃべり好きさん5 ( 40代 ♂ )

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本当にこんな話があったなんて……、
今のパプアニューギニアに日本が戦争に行っていたなんてにわかには信じがたいですが……。
100年たっても、200年たっても語り伝えられればいいのですが……。

No.6 20/08/23 12:48
お礼

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>> 2 うん。 とても読み易い文章だね。 戦争の過酷さと理不尽。 そして、修羅場を潜り抜けた指揮官の強かさ。 戦争の前では、命なんぞ紙切れ同… そうですね。
爺さんは命の重みについても言ってました。

『命の重さはどんな時代でも変わらない。あの時代だって命は重かった。しかしそれ以上に重いものが他にたくさんあっただけの話しだ。』…と。

No.7 20/08/23 12:52
お礼

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>> 4 個人の意識や感情に関係なく国が始める戦争。現代戦争はミサイル、戦略核兵器の時代。戦艦や戦闘機、戦車などは無意味、過去の感傷に浸っても戦争を始… 自分はそれを「無意味」と簡単に終わらせる事が、最も危険な事につながるものだと思います。
また、昔の感傷に浸る事は、人として無くてはならないものだとも思います。
人間が感情を失えば、それこそどんな兵器よりも危険な存在になり得るのですから。

No.8 20/08/23 12:53
匿名さん1 

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短い内容でも、本に出来ますよ。

No.9 20/08/23 12:57
お礼

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>> 5 本当にこんな話があったなんて……、 今のパプアニューギニアに日本が戦争に行っていたなんてにわかには信じがたいですが……。 100年たって… 自分は語る時に必要な事として、「話しを面白おかしく誇張しない」という事だと思います。
聞いた話しをそのまま伝える…。
それを聞く側に興味を持たせようとして、余計な解釈を入れたり、付け足した様な物語を入れたりする事は、聞かせて頂いた方達に対する冒涜とさえ思います。
戦争の話しは映画やドラマではなくて、歴史そのものなのだと。

No.10 20/08/23 13:02
お礼

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>> 8 短い内容でも、本に出来ますよ。 実は自分も若い時にはそう思った事もあります。
ですが稚拙な文章しか書けない自分や、本にするまでの知識が無いこと。
それに今ではそうにまで至る行動力がなかなか無いのが実情です。
情熱に沸く若い時ならば、多少の無茶も出来たのかもしれません。
年を取るのはそういった点でも寂しいものだと痛感してます。

No.11 20/08/23 13:14
匿名さん11 

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戦争体験した方が次々に高齢で亡くなる中、主のように戦争を語り継げる人間は貴重だよ。

俺のじいさんは、戦争を一切語らず逝ってしまった。

No.12 20/08/23 13:24
匿名さん4 

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人間は愚か者なので過去の出来事に関係なく戦争を始める!奇麗事をいくら唱えても無駄!語り継いだとしても過去の歴史の一部で終わる。また戦争が始まったら生き残りたい国民は自己防衛するしかない!国は国民、個人の生命まで守る事は出来ない!過去の出来事を教訓とするならこれから核シェルターを造り食料品や水を備蓄する事だな!それが現実!

No.13 20/08/23 13:27
お礼

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>> 11 戦争体験した方が次々に高齢で亡くなる中、主のように戦争を語り継げる人間は貴重だよ。 俺のじいさんは、戦争を一切語らず逝ってしまった。 語りたくない方々は多くいらっしゃった様ですね。
自分も爺さんが語る時は少し酒が入っている時でした。
シラフで語るには辛過ぎる過去だったのでしょう。
それを責めれる人はどこにも居ないと思いますね。

No.14 20/08/23 13:31
お礼

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>> 12 人間は愚か者なので過去の出来事に関係なく戦争を始める!奇麗事をいくら唱えても無駄!語り継いだとしても過去の歴史の一部で終わる。また戦争が始ま… 言い伝える事と綺麗事は別だと思います。
言い伝える事とは実際にその時代にあった事実です。
それを綺麗事と捉えるのは貴方個人の感情です。
事実と感情を混同している議論に先はありません。

No.15 20/08/23 14:01
匿名さん15 

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私の祖父の兄はフィリピンで戦死しました。
戦争は二度としないで欲しいです。
戦争を語り継ぐ事は大事な事だと思います。

No.16 20/08/23 14:11
お礼

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>> 15 戦争の話しで語り継がないとならないのは、兵隊さん達の話しだけではないとも思えます。
戦争中に家を守ったり、戦火に焼かれたりしながら必死に生きて来た女性にも同じ事が言えると思いますね。
祖母から聞いた話しも出来る限り言い伝えようと思っています。

No.17 20/08/23 15:35
匿名さん17 

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本当に忘れてはならない話ですよね。
今ある日本は、国のために戦士された英霊、過酷な戦争を生き抜いた国民の犠牲の上に成り立ってるもの。
感謝と、また恥じない生き方をしていかなくてはと常々思っています。

No.18 20/08/23 15:38
匿名さん4 

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この「おじいさんの武勇伝」を誰に語るのでしょうか?学校に行って子供たちに語るのでしょうか?全く太平洋戦争の歴史が伝わりません!太平洋戦争は国レベルで言うと日本はA級戦犯人が起こした加害者でありアメリカは被害者です。1941年12月8日未明ハワイオアフ島の真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊に日本海軍350機の攻撃機が襲いかかった。わずか2時間でアメリカ軍の戦艦4隻が沈没と2隻が横転、19隻が大きな損傷を受けた。300機近い航空機に死者、行方不明者は2400名、負傷者は1300名以上。この奇襲攻撃に怒ったアメリカが開戦して日本に報復をした。太平洋戦争は日本が始めた戦争です。そしてあなたが語るおじいさんの武勇伝話しはその太平洋戦争の一部でしかなく兵士同士が戦った戦闘の一部。だから被害者でもないのです。あなたがこのお話しを何のため、誰のためにするのか全く分からない。

No.19 20/08/23 16:15
お礼

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>> 18 4番さん
あまりに偏った見方で一方的に語られても、話しの趣旨が違うのでお答えしかねます。

誰も武勇伝の話しなどしていません。
本文に武勇伝として誇らしげに語るものは一文とて無いのです。
国家間の話しなども本文中には一切ありません。
語るのは戦争の最中、実際に祖父一個人が体験した事のみです。

被害者・加害者という隔たりを付けて物申している内容ではない事も、読めば分かると思います。
ただ実話を述べているだけの内容に関して、勝手に話しを飛躍されてご自分の見解を一方的に述べられても困ります。

本文に沿った内容ならともかく、全く関係ない話しを並べられても、それは私がするべき話しではありません。

No.20 20/08/23 16:24
お礼

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>> 17 本当に忘れてはならない話ですよね。 今ある日本は、国のために戦士された英霊、過酷な戦争を生き抜いた国民の犠牲の上に成り立ってるもの。 感… 過去の辛い経験があるからこそ今の豊かな生活があるのですね。
豊かになったのは物だけじゃなく、一個人の権利であったり、生活環境全てにそれは言えると思います。
物も無く、権利も無く、国家に命ですら差し出さなければならない時代があった事は、決して風化させてはならないと思います。
もし戦争が忘れられた過去になれば、今の恵まれた物や権利が少しでも失われようならば、簡単に戦争を始めてしまうかもしれません。
そうならない為の抑止力として、過去の記憶というものは大切なのだと思います。

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