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芸術家は必要だと思いますか?役に立つと思いますか? ゴッホは生涯に一枚しか…

回答10 + お礼6 HIT数 725 あ+ あ-

匿名さん
18/08/22 08:38(更新日時)

芸術家は必要だと思いますか?役に立つと思いますか?

ゴッホは生涯に一枚しか絵が売れず、弟の仕送りで生活していたのは
有名な話ですね。生前はずいぶんと迷惑な人だったそうですが…(笑)
まぁ、今でこそ誰もがその名を知るビッグアーティストですけどね。

お金になる芸術というのは、即ち大衆性を意味していると思うんです。
美術ではクリスチャン・ラッセン、音楽だとアイドルソング……etc
でも、これらの芸術(なのか?)を質的に見たら最低ですよね?
つまり芸術性と大衆性は反比例する傾向に有るわけです。

しかし! ゴッホのように独立独歩の姿勢で自分の芸術を追求すれば
大衆性からはかけ離れて、お金にならない作品(資本主義的に言えばゴミ)が
生まれるわけです。

かと言って、お金になる大衆的な作品(バカでもわかる作品)を作れば、芸術
としての質は最低最悪ですよね?

わたし個人としては、前者のタイプのほうが好きです。
だって、お金を稼いで税金を納めるだけなら芸術家なんてやらなくても
出来ることじゃないですか?

皆さんはどう思いますか? というか興味ないですか?芸術なんて

No.2696883 18/08/21 21:01(悩み投稿日時)

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No.1 18/08/21 21:09
匿名さん1 

質問の回答ではないですが、ゴッホは教会で働いていた時、貧困者に自分の身に付けていた物まであげてしまいクビになったんでしったけ?

絵画だけじゃなく、音楽や映画全ての芸術がこの世からなくなってしまったら、すごく退屈な世界になりまね。

No.2 18/08/21 21:18
お礼

>> 1 そうですね、もともとは画家志望じゃなくて"自称"伝道師として
活動してたとか。まぁ芸術家としても自称みたいなモンですけどね(笑)

わたしも、やはり芸術は絶対必要なものだと思います。
無駄なこと、不必要な事をするのが、人間を人間たらしめると思っています。
芸術家の姿形とは、砂場で夢中になって遊んでいる子供そのものです。
その感性を、資本主義という枠に押し込んで監禁してはいけません……。

No.3 18/08/21 21:28
匿名さん3 ( ♀ )

芸術家を通してその生き方、絵に何の思いを込めたのか、筆遣いや視点、パースペクティブに描いてる時を想像したりしたいので、
別にいいんだろうけど豪華なおうちのアトリエでーとかつまらんね。
しょうもな!と思ってしまう。
ゴッホはその点語ることが出来る。著名な芸術家は人生もドラマティックですし語るに値するね。

No.4 18/08/21 21:37
お礼

>> 3 つまり、アーティスト自身のドラマも重要な要素というわけですね。
それは確かにですね。言い方を変えれば、際立ったドラマが無ければ
アーティスト自身を掘り下げようと思わないっていう風にも捉えられますね。
実際、それが一般大衆の現実かもしれませんが。

No.5 18/08/21 21:54
匿名さん5 

役に立つか立たないかで言えば、役には立たないけど、人間のような知能の高い動物は知的欲求を持っているからでしょうね。例えば象なども長い鼻を使って絵を描いたりするらしいですね。
知的欲求を満たしたい願望が芸術に発展するのではないでしょうか。
金になるかならないかという問題は本来、別の問題なので、切り離して考えるべきでしょうね。勿論、生きていく為にはお金も必要だし、絵の具を買うのだってお金が必要ですから、難しいですけどね。
ゴッホは弟が金銭的な援助をしていたから、絵を描くことに集中出来た訳ですから、お金の心配をする必要は無かったんでしょう。

No.6 18/08/21 22:29
匿名さん6 

単純に生きてくのに必要なものではなく、余計なものという感じがします。

つまり、衣食住が揃っていて、飢え死にする心配がないからこそ出来る事。絵を見たって、音楽を聴いたって、腹は満たさませんからね。まずそれが前提条件です。

私的には、芸術とはその場所の文化水準を測るバロメーター的な捉え方です。文化水準が高い場所とは、つまり都市部の事ですが、都市の発展と芸術の発展は正比例してるような気がします。

都市とは人工的なモノの塊であり、人工的なモノとは、人間の脳の産物。人間の脳は理路整然と計算し、自分たちの都合の良い世の中を作りました。つまり秩序的な世界を生み出しました。そういう秩序の中にいると、ガス抜きが必要になるんじゃないでしょうか。つまり脳的な秩序とは真逆の感性や感覚的なモノ。それが芸術であり、都市が発展すればするほど、その解毒用途として芸術というのが必要になってくるんじゃないか?と勝手に邪推します。

No.7 18/08/21 22:31
お礼

>> 5 役に立つか立たないかで言えば、役には立たないけど、人間のような知能の高い動物は知的欲求を持っているからでしょうね。例えば象なども長い鼻を使っ… お金の問題とは切り離して考えると……でもどうでしょう?
芸術家も社会人ではありませんか?自分で自分の生活も出来ない人間が
売れない絵ばかり描いて、酒浸りで、風俗通いで、それも全て弟の仕送りで!
ただのクズですよね? 社会の枠組みから完全に逸脱しています。
いくら作品を描きたいからって許される事でしょうか?

自分に嘘をつかずに芸術をやるのは、こんなにも迷惑をかけるものなの
でしょうか……。

No.8 18/08/21 22:45
匿名さん8 ( 110代 ♂ )

別に、人の役に立つものを作らなければいけないことはない。

ただ芸術性と大衆性が反比例するという証拠は無い。
金になる作品すなわち質が最低最悪という証拠も無い。

ラッセンの絵だって、もしかしたら西暦3600年頃には大きな評価を得ないとは限らない。
勿論、だからといって彼のシルクスクリーン印刷の絵画がそう高値を呼ぶこともないだろうが
芸術性と価格の高騰とは当然関係が無い。

逆に大衆性がありつつも芸術性価値が高い
(ということになってるもの)
なんていくらでもある。
端的に言えば例えば江戸時代の浮世絵。
あるいは朝鮮白磁。柳宗悦などの見出したいわゆる「民芸」。

No.9 18/08/21 22:51
匿名さん9 

芸術性が高いということと、大衆受けするかということが、反比例するとは限りませんよ。

現に、モーツァルトは、その当時、時代の最先端をいっている、ポピュラーな音楽家とみなされていたわけですからね。

ちなみに、私は、ラッセンの絵は、きれいだと思います。私の好みにはあいますね。だからといって、高いシルクスクリーン印刷の絵を買おうとは、ちょっと思えませんが。

No.10 18/08/21 23:01
お礼

>> 6 単純に生きてくのに必要なものではなく、余計なものという感じがします。 つまり、衣食住が揃っていて、飢え死にする心配がないからこそ出来る… なるほど、そういう見方もありますね。
例えば、現代アートでは作品をウン億円という恐ろしい値段で
買う人が存在します。その人たちは、なぜバカ高い作品をわざわざ買うのか
ご存知でしょうか? 鑑賞するためではありません。Googleで画像検索すれば
いくらでも見れる時代ですから。彼らは投機のために作品を買うのです。
アートを資産として扱うのです。ステータスを誇示するという意図もあります。
これは非常に資本主義的発想です。ややこしくなるのでこれ以上は掘り下げ
ませんが、実際問題として、アートが商品(かなり特殊な)になっているのが現実
です。芸術は迷走しています。どこに辿り着くやら……。

No.11 18/08/21 23:12
お礼

>> 8 別に、人の役に立つものを作らなければいけないことはない。 ただ芸術性と大衆性が反比例するという証拠は無い。 金になる作品すなわち質が… 問題としているのは資本主義社会の求める芸術です。
大衆への罪のない娯楽を重視したコンテンツと、むしろその罪深さこそが
至上のものとするコンテンツ。芸術はどちらも兼ね備えています。
浮世絵は当時の大衆芸術ですが、資本主義的要請に基づいた作品が求められる
現代とでは方法論に大きな違いがあります。

No.12 18/08/21 23:21
お礼

>> 9 芸術性が高いということと、大衆受けするかということが、反比例するとは限りませんよ。 現に、モーツァルトは、その当時、時代の最先端をいっ… しかし後年(と言っても早死にしましたが)は前衛的な作品を
書いているので大衆受けはしていません。音楽家だった父親からの
手紙でも、大衆が理解できる作品を書けとしっかりお叱りを受けています。
そもそもモーツァルトの時代は、裕福なパトロンがいれば食っていけた時代です。
これも現代のアーティストとは方法論に決定的な違いがあります。

ラッセンはどうでもいいです(笑)

No.13 18/08/22 06:41
通行人13 

ゴッホの時代とは違い、今は真に人間の本質に関わる芸術もお金になっている傾向にあると思います。
大衆向けのものはもちろんお金になっているわけですが
質が違って、対象者が違うわけですが、真に芸術といわれるものが理解できる人も増えています。
クリストとジャンヌクロードの活動がいい見本だと思います。
真の芸術は過去とは違う扱いを受けているし、これから先ももっと理解され支援されるようになるはずです。
格差社会のように芸術においても人それぞれで、
それぞれに必要なものが供給されるはずだからです。

ですが大事なことは真の芸術を追求するとき、お金になるか考えてはいけません。
そう考えた時点でおそらく大衆的な作品になるでしょう。そこが難しい。
子供のように純粋無垢になるのは難しいことですが、そうなれる人が作れるものかもしれません。
それだけの情熱を持って芸術に向かえる人で、一般的にみたらばかかと言われるような
(ばかと天才は紙一重といいますが、まさにその通り)
自分でなく真の芸術に身を捧げることが無意識に出来る人が成功するかと思われます。




No.14 18/08/22 06:49
通行人13 

追記
村上隆の資産は1000億円と言われていますよ。
真の芸術には価値がある。
つまり、主さんの問うている芸術が必要だと思いますか?
に対する答えがでていますよね。
いまももちろん必要だし
これからますます必要なものです。

No.15 18/08/22 07:51
おばかさん15 ( 30代 ♂ )

人それぞれ‥


必要不必要は決めてはいけないと思います


みんな、それぞれ‥個人の違う事情や世界があるのですから‥


人は人を裁いてはなりませぬ と思います


ガラクタがダイアモンドに感じている人の楽しみや希望や生きがいを奪うわけですから‥

No.16 18/08/22 08:38
通行人16 

たぶん主が求めている回答とはかけ離れていると思いますが

芸術家は作品がではなく
作品は芸術家なんだと思うよ

評価される物を作るのではなく
作り上げた物が評価される

芸術家が失敗する理由だよねー

失敗だのじゃないし損得でもない
お金を気にしてる人は芸術家じゃないし
周りの評価を気にする人も芸術家じゃない

自分が納得する曲、歌、絵、写真などなど作り、回りに発表するのが芸術家だよ。

ここまでは主さんと同じかな?

よって、アイドルは芸術家じゃないけと、売れようが売れまいが自信をもってやってるのであれば芸術家だよ。
ただやってる感溢れてる(自分達にしか出来ないとか、誰もやったことない事をやっているが無い)けど・・・

作るだけが芸術じゃないし、
そこに評価を付けるのは
人それぞれなのだから

どれだけの人にどれだけ長く残せるかは価値観の大きさや深さだもんね!

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