もしもアダムとイブが…😊
みなさんはアダムとイブが地上の楽園で裸で暮らしてたけど神から「ここに生(な)るいかなる木の実を食べて良いが、この実だけは採って食べてはならぬぞ!」と言われてたのに、ある日蛇の姿をした悪魔の誘惑に負けて 神の言いつけに背いて禁断の木の実を食べたばかりに2人共 裸でいる事を恥じて神から楽園を追われた…。この旧約聖書に載ってる人類最初の男女のエピソードはクリスチャンならずとも知ってる有名な話ですが…(林檎殺人事件などの歌の歌詞にも。),もしもアダムとイブが悪魔の誘惑に打ち勝って禁断の木の実を食べなかったとしたら,引き続き、時代が下り21世紀文明社会の今も 全世界の全ての男女が素っ裸で暮らしていたでしょうか? ちょっと気になったから。
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私は仏教徒なので考えた事がない。
私は、アダムとイブが食べなくても、子孫のうちの誰かが食べたんじゃないかな⁉と思います💦
知恵の実を食べなければ、二人で子供を作ることなんてなかったんじゃない?
だから、知恵の実を食べなければ、ずっとアダムとイブ二人で暮らして、人類は繁栄しなかったと思います。
どうですかね~(^_^;)
今日付けの毎○新聞の余録(一部抜粋)によると
幕末から明治に来日した西欧人は、風呂の混浴とともに街中で裸に近い姿をさらす日本人に眉をひそめた。ある米国人女性教師は、半裸の人々を見て「この国にはいったい文明が存在するのか」と疑いあきれる外国人旅行者の姿を記している▼だが彼女によれば、そういう人もすぐ半裸の人々の間に行き渡っている行儀作法に気づき、日本の旅館の清潔さや心地よいサービスに感心したという。そこには西欧とタイプは違うが、高い文明が存在しているのを知るのだ。裸を恥じないのはその文明の一面だった▼江戸時代、高温多湿の夏を過ごす日本人にとって男女とも半裸での労働やくつろぎは当たり前だった。明治になって外国人の目をはばかり、裸姿は禁じられる。欧州の衣食住が「文明」の基準とされた日本の近代化である
だそうです💡
でも、寒かったら服着なきゃね⤴
永遠の命を神から授かっているのだからアダムとイブはエデンの園で今も裸でいたと思います。
しかし神は意地悪なのでアダムとイブにいろんな試練を与えたと思います
その時はまた別の説がうまれて
『もしアダムとイヴが食べていたら』と、言ってるのかも😊💡
もし禁断の木の実ではなく、悪魔の実、スケスケの実を食べていたら、、
今頃みんな透明人間になっていたのでしょうか。
もしも食べなかったらアダムとイブは永遠にそのままでエデンにいたんだと思います。
食べちゃったから罰として、男は力仕事で働き、女は苦しんで子供を産む事になった→自分達の力で生活していく事になったんだから、食べなければ永遠だったんじゃないでしょーか❓
小中高キリスト教の学校通ってたので、こう習いました。
誘惑に負けてくれないと神様の役割が発生しないので、神が新たな誘惑を用意して、誘惑に負けるまであの手この手で落としにかかり、負けたら愚かな人間と神様のイベント発生なので、神様ももっと頑張ったと思う。
もし食べていなかったら、男女平等とかフェミの概念すら生まれてないだろうね。
ということは、逆に考えればフェミの考えは矛盾してる。人間が生まれる過程において最初から性差は存在したのだから。
それを無くせというのはアダムとイブに戻せということ
常春の地域限定なら裸でも過ごせるだろうけど、寒い地方では無理がありますよ!
日本で1年中暖かく過ごせるのは、鹿児島以南かなぁ?
>> 2 私は、アダムとイブが食べなくても、子孫のうちの誰かが食べたんじゃないかな⁉と思います💦 しかし、アダムとイブが食べた木の実はあの時代の楽園にしか存在しない物だから 後々に子孫が食べたと仮定出来ないんじゃ?それに神は「アダムとイブ」に食べてはいけないと忠告したので、子孫が食べても問題なかったかな。
>> 3 知恵の実を食べなければ、二人で子供を作ることなんてなかったんじゃない? だから、知恵の実を食べなければ、ずっとアダムとイブ二人で暮らして、… つまり 悪魔の誘惑に勝って食べなかったら 今の私たちは存在しなかったと言う事?
>> 5 永遠の命を神から授かっているのだからアダムとイブはエデンの園で今も裸でいたと思います。 しかし神は意地悪なのでアダムとイブにいろんな試… それを読んで アダムとイブについて大事な箇所を思い出しました。禁断の木の実を食べた事によって裸を恥じらっただけじゃなく病気や災いに苛まれるようになり 簡単に言うと人は働かないと暮らして行けない羽目になっちまったと言う事です。
>> 8 もしも食べなかったらアダムとイブは永遠にそのままでエデンにいたんだと思います。 食べちゃったから罰として、男は力仕事で働き、女は苦しんで子供… あ、そうですね。さっき僕が追記したのに近い言及ですね。僕もクリスチャンなので色々知ってるので😊 つまり逆に言うと神は 今の世界の礎を作ったと言う事ですよね? 人は生まれながらにして 生き物を食べなければ命が存続出来ない原罪なるものが出来たのもアダムとイブのせいって事になるかな。
3さんと同じ意見です。
禁断の実を食べていなかったら男女の違いに気付くことも、子作りすることもなく、我々人類はこの世に存在しなかった。
アダムとイブの子孫というものも存在しないし、人類がいなきゃキリストだって産まれてないしキリスト教の概念も「21世紀」というくくりも存在しえないんです
えーとネタかと思ったらマジみたいなので説明すると💧
アダムとイブの寓話は、日本のような恵まれた土地ではなく、荒れ野を表している
荒れ野の神は厳しい存在であり、人間は生きていくために罪を犯して苦しむ
その原罪が知恵の木の実であり、これはバベルの塔と同じく、神の領域である荒れ野で生きていくためには、人間は神に逆らう存在でなければいけなかったことを指している
何故、人はこのようになったか?
そのおおもとを楽園追放に求めた、と
アダムとイブが無知な赤ん坊でいるうちは、神の庇護を受けられた
知恵の木の実を食べるということは、神の庇護を拒否し、自分で自分の生き方を決定するということ
これは神に背く行為であり、ゆえに人間は苦しみ、罪を犯すと
荒れ野で生きていくために、人殺しもするし、風を防ぐために家や布を作るし、それにより技術が発展する
そもそも荒れ野で生きるために技術が必要なので、楽園にいる間は技術は発達しない
だから知恵の木の実を食べないかぎり人間の技術は発達せず、アダムとイブとその子孫は永遠に楽園にいる
自由意思の論争としてキリスト教哲学にあるはずなんですけどね😥
簡単な寓話だと思うんですが、理解できないんですね💧
「イブが誘ったから人間は苦しむ、だから女は悪い存在だ」といわれていた時代が西洋にはあったようですが、抽象的な思考力は今も昔もたいして変わっていないようですね💧
人間は最初からカナンには辿りつけないよう出来ていたみたいです💧
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