執着と認めることがこわいです。 アダルトチルドレン同士で付き合っていました…

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2020/12/22 12:35(更新日時)

執着と認めることがこわいです。

アダルトチルドレン同士で付き合っていました。(付き合ってる時はお互いACの自覚なし、相手は今も自覚なしです)
共依存でズルズルしていましたが、私の見捨てられ不安が悪化し私から別れてしまいました。
長い音信不通期間を経て、最近また会うようになりましたが、
私は未練があって、やり直したく、そのために自分自身を成長させなきゃとカウンセリング等も受けていました。

…が、アダルトチルドレンなどの勉強をしていると
本当に私は相手を好きなのか分からなくなっていました。

愛してくれていた、依存させてくれた、依存してくれていたから好きだっただけで
相手からの愛情がないと分かっている今、
好きでいることがつらいです。
一緒にいたいのに、一緒にいるのが嫌で、
なんならアダルトチルドレンと自覚なしで自己否定している姿が
以前の自分のようで見ていて苦痛さえ感じます。

相手の楽しい話も愚痴も
なにもかも聞きたくなくて(多分そこに私がいないから)
ドキドキもないのに、抱きしめてもらいたいと思うし
相手の細かな反応を見て、どうにか私への愛情は残っていないのかと探ってしまいます。
もうなんなんだろう…と思っています。

今でもそれを執着と認めるのが怖いです。
付き合ってラブラブだった時さえ、お互い執着していただけなのか
いつから愛情が執着に変わってしまったのか…
大切だった関係を否定するみたいで
すごく心が沈みます。

今の状態でも関係が終わるのは嫌だから
連絡しなきゃ…と思う反面、
全く気が乗りません。

相手の存在や相手への感情が
ぜんぶ初めからなかったら、どんなに良かったかと思います。

執着を認める方法、
執着から解放される方法など…
厳しい言葉は今は受け止められる自信がないので、
柔らかい言葉でのアドバイスやご意見をいただけたら嬉しいです。

No.3203044 (悩み投稿日時)

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No.1

執着は愛されたい心です。愛されない原因を自分に求めて自分を憎んでしまった心です。本当の原因は親に子供を愛する能力がなかったことです。人を愛することができない親に愛されようと自分を変えようとしているから苦しく辛いのです。親に愛されたのであれば執着はありません。本当の自分を否定して「愛される自分」に無理に変えることがなくなりますので楽に生きられます。しかし、自分で自分を愛すことができれば、執着はなくなります。親に愛されず、自分で自分を愛することもできないから他者に愛されたいのです。そして愛されたいから嫌われることが怖いのです。嫌われることなく愛されようとすることを我執と言います。自分のことを他者から大切に扱わせたい心です。恩に着せる。煽てる。不安を煽り脅すなどの行為は、相手のためでなく自分を大切に扱わせたいがための行為です。親に愛された人や自分で自分を愛することのできる人には必要のない行為です。何故ならば、人を大切にしない行為になるからです。執着がなくなると愛されたい心が愛したい心になります。人を認め、人の自由を許せる心です。愛されたい心だと愛される為に努力が要りますが、人を愛することに努力は要りません。相手の人柄を受け取るだけで済むからです。ですから自分で自分を愛することができると全身から力が抜けます。「心身脱落」という状態になります。生まれた時から愛されていることに気づくと「心身脱落」となります。親に愛されることを求めると他者からも愛されることを求めます。しかし、すでに太陽や空気から愛されているという当たり前のことに気づくと執着から解放されます。相手から「抱きしめてもらいたい」心が人を「抱きしめたい」心に変わります。「抱きしめてもらう」ためには好かれる努力が要りますが、人を「抱きしめる」ための行為に努力はいりません。

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