日本古典が感性として合わないのは仕方ない事ですか? 私は日本古典を極稀に読みま…
日本古典が感性として合わないのは仕方ない事ですか?
私は日本古典を極稀に読みますが、あの独特の雰囲気(穏やかで上流階級の感覚)がくだらない・イヤになってしまうのですぐに読み止めてしまいます。
読むのは和歌集・古事記・伊勢物語などです。一番嫌いなのが竹取物語でした。
(あの主人公の姫の性格がとにかく嫌いで好きになれず選り好みが激しく男性陣が可哀想に思えてならずイライラしながら読書してました)
竹取物語が古典を嫌いになった原因とも言えます。
逆に安心して楽しく読めるのが、
論語・大学・詩経といった少し固いタイプ学者向けのような古典でして三国志や中国文学といったタイプは読む気にもなれません。
文学系が合わないタイプなのでしょうか?
命令系や説教される系の古典が落ち着く感覚があります。
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マニアックすぎるので、主さんの話についていける人がここにはいない気がします。
古典の中にも好きな作品と嫌いな作品があるのは理解できるけど、嫌いって言いながら、結構読んでる感性が私には理解出来ないですわ〜。というか興味をそそられるわ。
他のスレで、「原文は読む気がしないけど、繰り返し声に出していたら覚えられると思いますか」みたいな主旨のスレあげてましたよね。
嫌いなのに、なぜそんな受験生みたいなことをするの?
でも主さん的には勉強として読んでるわけじゃないんですよね。
結局古典が大好きということなんでしょうけど、素人からしたら、
「ややこしいこと言わんと、好きな作品だけ読んどけ!」
っていうのが本音かな。
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