「自分のことばかり考えてちゃいけないよ!」←これは自分がここ数年で何百万回とネッ…
「自分のことばかり考えてちゃいけないよ!」←これは自分がここ数年で何百万回とネットの住民に言われてきた言葉です。
自分は夜間に信号を無視した歩行者が飛び出してきて自分の運転する車と衝突してその人が亡くなり、自動車運転過失致死傷罪で罰金刑に処されました。法律上では前科一犯となってしまいましたが、それでも自分のこれからの人生を諦めたくない(結婚して家庭を持つことなど)、元通りの生活を取り戻したいと強く思っています。
世間様の一般的な感覚ではこのようなことになった場合、自分の人生を犠牲にしてお相手への償いに一生専念する…というのが普通なのでしょうか?こちらの信号無視だったならそうするべきだと思うのですが、、この事故状況でお相手へのために自分の人生を犠牲にしてまで尽くす…?とどうしても疑問に思ってしまいます。自分の人生を取り戻したいと思ってはいけないのでしょうか?そりゃ自分のことばかり考えたくもなるだろーー!と叫びたい気持ちでいっぱいです…
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①交通事故の裁判で、原因が相手だから責任ゼロって判決見たことある? 過失割合はあってもゼロにはならなくね?
②しかも原因と責任の話は別だろ。被害者が悪くても、亡くなった事実に関わった側は一定の責任を問われるのが普通だよ。
③さらに現実的に遺族は民事で損害賠償を請求できるよね?つまり遺族に償いを求める権利があるのは法的にも明白だろ?
④もっと言えば、君の言う「原因を作ったのは被害者」という論理を突き詰めると、どんな事故でも「被害者に落ち度があれば加害者は無罪」になるだろ。そんな社会秩序が成立すると思う?
自分の意見の正当性を主張するなら、これら全てに反論してからにしよう!
>> 13
違うよ!
保険は“金銭的補償”を肩代わりするだけで、それによって加害者本人の道義的・社会的責任まで消えるわけじゃないよ
もし保険金で済むなら刑事裁判も慰謝も謝罪も全部不要になるよね? でも現実はそうなってない。つまり君の理屈は現実に反してるよ
さっきも書いたけど、"保険が払うから終わり"で済ませられるなら、誰も罪悪感も責任も負わずに事故を繰り返せることになるが、そんな理屈は世間じゃ絶対に通らないよw
残念だけど、保険金で終わりなら“加害者本人の刑事裁判”なんて存在しないはずだよね? 現実には保険が払っても加害者本人は裁かれるし、遺族からの謝罪や反省も求められる。それが社会の常識。
さっきから説明する通り、「保険は金銭的補償をする」だけで、「社会的・道義的責任」はまだ残る。
君の主張は「保険金を払えば終わり」の一点突破である以上、ロジックが破綻しているね。これは勝負あったな。
同じこと何回も書いてるんだがw
罰金や保険は“最低限の法的処理”であって、加害者本人の責任や遺族の感情が終わるわけじゃないよ。
実際、遺族が求めるのはお金より“謝罪・反省・社会的責任の態度”だし、だからこそ裁判で被害者遺族が意見陳述する場が存在する。
もし君の言う通り“罰金と保険で完全に終わり”なら、加害者の謝罪も反省も必要ない社会になるよね。でも現実はそうなってない。つまり君の主張は社会の現実とズレてるんだよw
法律が認めてるのは“最低限の処理”であって、遺族の感情や社会的責任までは処理しきれない。だから「保険と罰金で終わり」は非現実的。
ここの説明ができなければ俺の意見を突破するのは不可能だよ。
やれやれ、完全に矛盾を突いてしまったか…
やりすぎたかな…
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