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リアルな戦争話し。 自分が小さい頃に爺さんに聞いたこと。 爺さんは飛行機…

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匿名さん
20/08/25 19:36(最終更新日時)

リアルな戦争話し。
自分が小さい頃に爺さんに聞いたこと。

爺さんは飛行機の整備士だった。
でも戦況の悪化と飛行機不足から、巡洋艦の鳥海に乗れと命令されて艦内の連絡員になった。

ソロモン海戦と言われる戦いに出た鳥海。
爺さんの初陣だった。
全長200mを超す重武装の鳥海は海軍の誇りで、足の遅い戦艦と比べてその存在は海戦の華だったそうだ。

速力は30ノットを遥かに超え、まるでモーターボートの様な速度で海上を疾走するその巨体は頼もしかった。

敵が接近すると一気に艦内は慌ただしくなり、主砲が放たれると轟音が響き渡った。
「耳栓してないと(耳が)やられるぞ!」と言われたが、連絡員の爺さんは耳栓する事が禁止されていて辛かったそうだ。

敵船と撃ち合いになった際に、敵の砲弾が真っ直ぐ飛んで来るのが見えたそうだ。
鳥海にも直撃した砲弾が多数あり、ガーンッ!と激しい音と衝撃が走ったが、装甲を貫通して爆発しなかった。

その時に爺さんが思ったのは、分厚い鉄板がまるで豆腐の様に簡単に貫通される様が、「自分は戦場に居る」と始めて実感した瞬間だったとのこと。
それまではやたらと士気高揚で歌ったり、いつもと変わらない厳しい訓練だったので、戦場に居る事が実感出来なかったそうだ。

多数の砲弾を受けた鳥海はズタボロになり、甲板には手足や内臓が散らばっていた。
連絡員として走り回る爺さんが一番困ったのは、走ってる最中にそれを避けながら進むこと。
激しく降り注ぐ海水を浴びながら、血塗れの床の上を滑りながら走り回って、下手すると自分が海に投げ出されそうだったとか。

若かった爺さんは連絡員としてアチコチ回って報告する中で、将校さん達から飴やパンをもらったりしたそうだ。
いつ死んでもおかしくない状況で、普通にしてる将校さん達の態度が印象に強く残ってると言った。

ソロモン海戦はまた起きて、次の戦いでは鳥海は至近弾(命中じゃないがすぐ近くで爆発)を受けた。
爺さんはその時艦内に居たが、ものすごい轟音と共に天井近くまで身体を跳ね上げられた。
直後に床に叩き付けられて頭を強打し、出血がひどく「自分は死ぬ」と本気で思ったらしい。

辺りを見回すと通路が歪んでいて、船全体が歪んでしまっているのが分かったそうだ。
近くに居た上官達の、「骨、行ったな…。」「ああ、だけど火ぃはまだ生きちょる」という話しが聞こえた。
「骨」とは船の骨格と言われる「竜骨」と呼ばれるもので、これが歪む事は致命打らしい。
「火」はエンジン…つまり動力源のこと。

この時、鳥海はエンジンは生きてるが、もう真っ直ぐ走る事が不可能になってたらしい。
それでも戦わなきゃならない理不尽さを強く感じたとのこと。

この戦いが終わった後、爺さんはラバウルという飛行場で降ろされて、本来の整備士の任務に戻った。
そして鳥海は次の海戦で沈没した。
何と生存者はゼロだった…とのこと。

船を降りる際に、先輩乗組員からいろんな物をもらった爺さんは、その「形見」に変わってしまった遺品を見て涙が止まらなかったとのこと。

その遺品は今は博物館に寄贈してある。
爺さんから譲り受けて自分が寄贈したものだ。

一人でも多くの人に見てもらいたい「戦争の記憶」だから。

No.3127931 20/08/23 12:23(悩み投稿日時)  

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