泣ける2ちゃんねる

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2011/02/01 14:22(更新日時)

泣ける2ちゃんねるで俺が泣いた話しを
紹介するスレッド。

No.1513412 (悩み投稿日時)

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No.51

そんなある日。

学校に鎌を持った男が侵入した。


2階に職員室があってその手前におれのクラスがあった。

で、1階から鎌男を見た女子生徒と思われる悲鳴が上がって数秒後にタラコマンが職員室の窓を割って(勢いよく開けたかららしい)1階に猛スピードで駆けて行った。

授業中にも関わらず俺らも階段の踊り場付近までいって見た。

鎌男と睨みあうタラコマン。

もちろんタラコマンは素手。

それにも関わらずタラコマンが吠えた。


「武器を置けー!生徒に手を出したらぶっ殺すぞ!置け!置け!」


鎌男ビビって鎌を放り捨てる。


「動くな!俺は体育教師だからな。変な事をすると骨を折るぞっ」


もう、正直惚れた。

言葉はアレだが、先生の気持ちが十分伝わってきた。

鎌男が侵入した事も衝撃的だったが、先生の叫びの方がいろんな意味で衝撃的だった。

ちなみにこの事件は新聞に載った。



完。

No.52

第十一話
■祖父のラブレター


脳梗塞で入退院を繰り返していた祖父

私たち家族は以前からの本人の希望通り、医師から余命があとわずかである

ことを知らされていたが、祖父には告知しないでいた。

「元気になって、またみんなで楽しく暮らそうね」

祖父を見舞った際の合い言葉のようでもあった。

祖父の1周忌が過ぎた頃、父が祖母に1通の手紙を手渡した。

祖母の心の落ち着きを待ってのことだった。

衰弱し、震える手で書かれた文字は書道で師範格であった祖父が書いたとは思えない程弱々しかったが、文面から感じられる優しさ、慈しみが祖父のそれであった。


「おばあちゃん元気

ともに過ごした時間は永いようで短い50年でしたね

また機会があればいっしょに暮らしたいものです」


祖父が書いた最初で最後のラブレターである。


完。

No.53

寂しいみたいですね。

No.54

第十二話

■かーちゃんごめんな

ここ一ヶ月調子悪くて、病院行ったら俺癌だって。

カミサン子供と離れて、心労やストレスが溜まったのかもしれない。

家帰ったら、必要な物だけ持っていなくなってるのよ。そりゃショックでかいよ。

でもかーちゃんが言ってた。

「子供は母親と一緒にいた方が幸せだから」って。

でも知ってるんだ。孫の為に雛人形を用意してくれてたの。ごめんな。

今回も病気の事伝えたらわざわざ電車で3時間もかけて、俺の所にきたのよ。

で、2万置いていって

「これで、美味しい物でも食べなさい」

だって。馬鹿じゃねーの。俺35だぜ。しかも「今日は夜勤だから帰るね。」って10分位で帰りやがるし。自分が寝ないで何やってんだっつーの。かーちゃんが倒れたらどーすんだっての。

親父は寝たきりで、兄貴も体弱くて入退院くりかえしてるし。かーちゃんもう62だぜ。

いつまで苦労すんだよ。

でも、本当にありがとう。

一杯愛情貰ったのにごめんな。

親よりも長生きするっていう最低限の親孝行もできそーにないや。

お前らはかーちゃん大切にしてやれよ!

乱文ですまん


完。

No.55

第十三話
■プロポーズを決めたきっかけ


『重大な話がある』といわれて彼女の部屋に行くと5歳のカギ♂がいた。

彼女とは結婚を考えていたので、ややこしいことになったと思ったが、ずるずると交際を続けた。

プロポーズするかしまいかものすごく悩んでいた。

ある日、ガキを連れてUSJに行くことになり駅で待ち合わせをしていた。

駅について2人を発見。

宗教の勧誘かなにかに捕まっている。

彼女は困ってる様子だ。

早く行って、追い払ってやろうと思った、その瞬間!

ガキが前に立っている男の急所を強打し、こう叫んだ。

ガキ『どっかいけ!!アホウ!!』

男はそそくさと退散していった。

俺『お前やるな!母ちゃん守ってやったな!!』

と褒めてやった。

すると、


ガキ『お前が守ったれ!アホウ!!』



生意気なガキだが、今は俺の息子だ。


完。

No.56

第十四話
■最高のお兄ちゃん


十数年前、中学に上がる時、兄が

「俺もお前も親父に似て不細工なんだからイジメには気を付けろよww」

何もしないのにイジメなんてある訳ないじゃんw


あたしが甘かった…

イジメの理由は容姿で十分だった。

カバンを踏み潰され水溜まりに突き飛ばされた。

家に帰ると、

兄「誰にやられた?」

私「コケたw」

兄「……」

次の日、遅刻して学校に行くとあたしをイジメてた男子達が謝ってきた。

??

朝一で兄がかたっぱしから鉄拳制裁した模様。


家に帰ると謹慎+丸ボーズの兄。

兄「パンチかける金もねぇし丁度いーやww」

不細工な顔で笑ってた。

完。

No.57

第十五話
■メロンのカップ


小学校6年くらいの時の事

親友と、先生の資料整理の手伝いをしていた時、親友が「アッ」と小さく叫んだのでそちらを見たら、名簿の私の名前の後ろに『養女』と書いてあった。

その時まで実の両親だと思っていたので心底衝撃を受けた。

帰り道、どんな顔で家に帰っていいか分からず、公園のブランコに座って立てなくなった私に、親友はずっと付き添っていてくれ、

「よし、じゃあ私と姉妹の盃を交そう」とか言って、カバンからメロンのアイスの容器(メロンの形のやつ)を出して、水道の水をくんで飲んだ。

一体何のテレビを見たのか、「盃の契りは血のつながりより強いんだよっ」なんてメロンのカップ片手に言う親友がおかしくて、思わず泣きながら笑いあった。


続く…

No.58

十数年たって私が結婚する事になり、結婚直前に二人で酒でも飲む事にした。

『あの時はありがとう』と、驚かそうと思って、あの時もらったメロンのカップをカバンにこっそり忍ばせて飲んでたら、突然親友がポロポロ泣き出して

「あの時、あの時、気付かせてしまってごめんね」と。

『養女』の文字を隠さなかった事をずっとずっと悔やんでいたと泣いた。

そんな事、反抗期に親に反発しそうな時も、

進学の学費面で親に言えなくて悩んだ時も、

机の上でメロンのカップが見守っていてくれたから、

あなたがいてくれたからやってこれたんだと伝えたかったのに、

ダーダー涙流しながらダミ声でドラえもんのように「ごれ゛ぇ~」とメロンのカップを出すしかできなかった。

親友もダーダー涙流しながら「あ゛~ぞれ゛ぇ!」と言って、お互い笑って泣いて、酒を酌んだ。

もちろんメロンのカップで。

もうすぐ親友の結婚式があるので思い出した。

完。

No.59

第十六話
■両親の惚気話


萌えたとは違うかも知れないけど

もうお互い50代なのにラブラブなうちの両親。

反対に私は結婚に失敗して家に舞い戻ってしまっていた。

ある日何気なく母に何でそんな仲良いの?って聞いたらいろいろ父の好きな所を話し出したんだけど(この歳で両親の惚気話を聞くとは思わなかった・・・w)

私が生まれて間もないころ母がこのままでは失明してしまうかも知れないという大病を患い、ショックが大きいためお医者さんがまず父にだけ説明することになった。

奥様はこのままでは失明するかもしれません・・・と説明すると開口一番

「僕ちょうど目二つあるんで一つ移植してください!」

とボロッボロ泣きながらお願いしたらしい。

看護婦さん経由でそれを聞いた母はもう一生この人を信じて大丈夫だと思ったとか。


あ~こんな旦那様にゃ私は一生出会えないだろうなぁorz


完。

No.60

第十七話
■一生忘れません


最近よく喋れるようになった2歳の娘。

私が昨日から頭痛と熱で家事育児がほとんどできず、

娘の横で無言でダラーとしていたら、

「ママ、頭痛い?」と言っておでこに手を当ててきた。

「ごめんね、まだ痛い」と言うと

「ママ、一生懸命、ありがとう」

と何度も何度も言って頭下げた。

今日の出来事、一生忘れません。


完。

No.61

第十八話
■一生忘れられない話

夫婦仲良くできず、子供(当時3歳)と3人で飯食うこともほとんど無かった。
ある日俺がたこ焼きを作って家族3人で食った。子供も嫁もなんか久しぶりの団欒だった。
みんな沢山食った。

その後、子供と風呂に入った。大量に彼は大量に吐いた。
「しんどいのか?」「風呂上がって休もうか」と俺は子供に聞いた。
子供は「うぅん。だってとうさんが作ってくれたのをかあさんと沢山食べて楽しかったんだ」
「みんなが楽しかったから楽しくて沢山食べたん。美味しかったで」

3歳の子供がこんなことを言うのかという驚きと、
その頃折り合いの悪かった嫁との関係を恥じた。子供の目にもそれが見えていたんだ。

風呂でゲロまみれの子供にシャワーを浴びせながら泣いた。
あまりに耐え切れず、その後子供を抱きしめて泣きじゃくった。「ごめんな」を繰り返した。

他の人が聞くとたわいの無い話だろけど、俺にとっては一生忘れられない話だ。


完。

No.62

こんな話しの何処が泣けるんだ❓
…と思って最後まで読んだら、いつの間にか目頭が熱く成ってた😢

No.63

(´;Д;`)

No.64

第9話 (´;ω;`)

No.65

5.6.7.9話😭

No.66

第十九話
■(゚Д゚)ゴルァ!

どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!


続く…

No.67

病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
もう一つ言い忘れてましたが私、お腹に赤ちゃん出来たんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたの子供なのに何で生きられないのですか(゚Д゚)ゴルァ!
そんな状態じゃ言い出せ無いじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
それでも言わない訳にはいかないから思い切って言ったら大喜びで私を抱きしめますか(゚Д゚)ゴルァ!
生まれる頃にはあんたはこの世にいないんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な子だといいなぁってあんた自分の事は蔑ろですか(゚Д゚)ゴルァ!

続く…

No.68

病院で周りの患者さんや看護婦さんに何自慢してやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
病気で苦しいはずなのに何で姓名判断の本で名前を考えてやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして側に居てあげたいのに一人の身体じゃ無いんだからと家に帰そうとしますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしていつも自分の事は二の次何ですか(゚Д゚)ゴルァ!
医者からいよいよダメだと言われ泣いてる私に大丈夫だよとバレバレの慰めを言いますか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちはあんたとこれからも生きて行きたいんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
それがもうすぐ終わってしまうんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
バカやって泣きそうな私を包んでくれるあんたが居なくなるんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ(゚Д゚)ゴルァ!
死ぬ一週間前に俺みたいな奴と一緒になってくれてありがとなですか、そうですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちがお礼を言わないといけないのに何も言えず泣いちまったじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!


続く…

No.69

あんなに苦しそうだったのに最後は私の手を握りしめて逝きやがりましたね(゚Д゚)ゴルァ!
何で死に顔まで微笑みやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!
そんなのは良いから起きて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
生まれてくる子供を抱いて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
子供に微笑みかけて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ!
ダメ女な私にこの先一人で子供を育てろと言いやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
そんなあんたが死んで5ヶ月...
子供が生まれましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な女の子ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
目元はあんたにそっくりですよ(゚Д゚)ゴルァ!
どこかで見てますか(゚Д゚)ゴルァ!
私はこの子と何とか生きてますよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたも遠くから見守って居てください。

完。

No.70

第二十話
■幸せにしていますか?

私の弟が28歳で死にました。
脳疾患持ちで、合併症で15歳まで生きられない、20歳まで生きられないと、
お医者さんに言われ続けてよくぞ28まで生きたものです。

5年生のとき、無理を言って普通学級に編入させていただいたとき、
弟にケイタ君という友達ができました。家庭に事情のあるケイタ君は、
5年生ですでにゲームセンターでたばこを吸ってるような
早熟な不良でしたが、なぜか弟の面倒をとてもよく見てくれました。

子供は残酷ですから、クラスの中に呼吸器を引きずったクラッチ付きの子に、
決して寛容ではありません。弟は男の子からも女の子からも陰湿なことをされました。
だけどそれはケイタ君がそばにいないときだけでした。



好奇の目で見られていた弟に、恐怖の目で見られていたケイタ君は、
誰よりも(担任の先生よりも)優しく、いつもそばにいてくれました。

「ケイタがね、『いじめられたらすぐに俺に言え、お前は俺の舎弟だからな』だって。


続く…

No.71

でも舎弟ってなんだろうね、子分のことかな?」

弟はいつも家に帰ると母と私にそう言ってました。
修学旅行に行く途中で弟がそそうをしてしまったとき、一斉にはやしたてた同級生を尻目に
ケイタ君は下の世話さえしてくれたのです。6年生の男の子がです。
卒業した弟が養護学校に入ると、ケイタ君は一層気合の入った不良になってましたが、
それでもバザーに来てくれて、フォークダンスへの参加さえもしてくれました。
何をやったのか16歳のときケイタ君は警察に連れて行かれ、
噂では少年院を出てそのまま東京に行ってしまったと聞きましたが、ケイタ君とはそれっきりでした。

弟が死んだとき、私も両親も、悲しみより
「やっと楽になれたね、よく28まで生きたね。」
と落ち着いた気持ちでその事実を受け入れましたが、
弟の身の回りを整理していて、養護学校時代の写真の中に、
弟の隣に寄り添い、腕を組みカメラにガンを飛ばす金髪の少年を見つけたとき、
涙が出てきてしまいました。

ケイタ君、今どこにいるのですか?幸せにしていますか?


完。

No.72

第二十一話
■兄の誕生日


今日は兄の誕生日だ。私より10才年上の兄は、
私が10才の時に両親を事故で失って以来ずっと私を育ててくれた。

兄は私を育てるために大学をやめ、働きながら私を育ててくれた。
口癖は「お前は俺の半分しか父さんや母さんとの思い出がないんだから」だった。
授業参観にも学校祭にも体育祭にも三者面談にも、いつも兄が来てくれた。
周囲のおばさま方の中で、明らかに兄は浮いていたが
それでもいつも兄は会社で休みをもらって学校に来てくれた。

初めて作った料理とも言えないようなものを、美味しいと言って全部食べてくれた。
仕事で疲れているだろうに、家に帰ってきてから私の学校での話を聞いてくれたり
宿題を見てくれたり、学校への連絡ノートも毎日欠かさず書いてくれた。
土日も私と遊んでくれて、色々なところへ連れて行ってくれた。


続く…

No.73

そんな兄には自分の時間なんてなかったように思う。
友達のを見て、お団子ヘアにして欲しい、友達のお母さんならやってくれたと
わがままを言った時慣れない手つきで一生懸命作ってくれたのに
こんなんじゃない、お母さんに会いたいとと兄をなじってしまった。
兄はそれを聞いてごめんと泣き出してしまった。
あの姿を思い出すたびに、兄も両親を事故で失った子供だったんだと今でも泣きそうになる。


続く…

No.74

その兄が、一年前両親と同じように事故で突然この世を去った。

兄が死んだ時、私は兄が両親を失った時より一才年上だった。
兄はこの状態でまだ小学生の私を育ててくれたのかと思うと
それがどれだけ大変だったかと思って涙が出る。

兄は私がいたせいで友達と遊びにも行けなかった。
恋人も、出逢う暇さえ私が奪ってしまったんだ。
たくさんたくさんごめんなさいとありがとうも言えないままだった。

「ちゃんと幸せになれ」っていつも言ってくれたけど、
兄の幸せはどこにあったのだろう。今も考えてる。

もう兄に何も返すこともできないけど、兄のおかげでここまで来れた人生、
恥ずかしくないように生きられるように頑張ろうと思う。

お兄ちゃん、天国で見ててね。
今からでもお父さんとお母さんに甘えてるといいな


完。

No.75

19話😭😭😭

No.76

まだまだ自分は泣けるんだなぁと思った土曜の午後…

No.77

そうかい、そうかい😢

No.78

第二十二話
■父の決意


200さんのとことちょっと似てるかな。うちの場合は父なんだけど。

父は私と妹が小4の頃(双子です)今の母と再婚。実母は赤ん坊の頃に
他界したと聞かされてた。
ずっと私達は父の連れ子だと思ってたんだけど、200さんと同じく
22才の時パスポートとる時に父とは血が繋がってないと分かった。
父本人には聞けず、父の母(私達の祖母、これも小さい頃から可愛がって
くれてて血が繋がってないなんて考えた事もなかった)に問い質した所、
実母は未婚で私達を妊娠中に父と知り合い、父は周囲の反対を押し切り結婚。
私達は父の養子に。しかし一年程で実母は他の男と駈け落ち。
父には血の繋がらない双子の乳児が残された。


続く…

No.79

周りは当然、私達は実母の身内に引き取らせるか、施設に入れるものと
考えてたが、父は自分が育てると言いだし周囲を仰天させる。
父の親兄弟、親戚、友人総出で説得するも父の決意は固く、
「この子らは産まれる前に父親に捨てられ、産まれてからは母親に捨てられた。
この上俺まで捨てたらこの子らは三度も親に捨てられる事になる。」
「何より俺はこの子らが可愛くて仕方ないんや。離れるのは俺が堪えられん。」
とぼろぼろ泣いて、最後は周りも折れざるを得なくなったそうです。

再婚してから三年で弟がうまれましたが、父は全く別け隔てなんて
そぶりも見せませんでした。考えてみれば弟とも血が繋がってないんだよなぁ。
(継)母もすごく大好きです。思えば難しい年頃だった私達を
押し付けがましくなく、それでも愛情たっぷりに育ててくれた。
何があっても私達の両親はこの二人だと胸を張って言えます。

だらだら書いてたらすごい長くなっちゃった(´・ω・`)
自分語りすいません。

完。

No.80

第二十三話
■娘が6歳で死んだ。

ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。
直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。

別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく
機械的に葬式をすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
地獄の黙示録完全版を観ることにした。
ワルキューレの騎行の曲を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この曲を一生懸命覚えて歌っていたっけ。

ヒューイの模型だってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。


完。

No.81

第二十四話
■サプライズ

書かせてくれ。

大卒から勤続8年目。
俺は上司含め、同僚が苦手、というかあまり好きではなかった。

ワイワイと騒ぐ職場で馴れ合いもせず、昼飯や飲みも付き合いはするが仲良い同僚なんてのもいなかった。
そんな俺の性格を理解してか、周りもあまり俺に近づいてこようとはしなかった。(仕事外ではね)

ある日外回りから帰ってさっさと席につきコツコツと事務処理をやっていた時の事。

上司が近づいてきて、「○○く~ん、このあいだの件(極秘な)ゲットできたらしいな、よくやった!」

…普段どんないい事しても褒めもしない上司が、褒めた。
しかも超笑顔。


さらに部下が
「○○さん、明日某客先に行くんですけど、教えてもらえますか?」

って、普段怖がってか俺に聞かないで俺より下の奴に質問してるおちゃらけ若者が俺に質問してくる。


とどめに女の子がコーヒー持ってきてくれたり。


続く…

No.82

明らかに俺は優遇されすぎていた。おかしい。
この時期に昇進か?まさか転勤…妻子も家もあるのに。
って考えてたら。
やたら背の低い影が俺に近づいてきた。

息子だった…


びびって椅子からころげ落ちた。

どうやら幼稚園で父の仕事を発表する事があるらしい。

聞いてない。

のは俺だけで、嫁が事前に上司に許可もらってたと。

それで皆おかしかったのか、息子もなんだか嬉しそうだしいいのかな。

普段の俺を見たら寂しそうだなぁとか思ってただろうな。


その夜飲み会があった。今回の件、課長が根回ししてくれてたり、うるさい若者が自ら話しかけにきたいと言った事とか、いろいろわかった。
泣いた。

それからは仕事に感情をだせるようになった。
仕事が、職場が楽しいと思えるようになった。

そして息子の発表会は行けなかったが、とても誇らしげに語ったみたい。

皆大好きだ!


完。

No.83

ここをご覧のみなさま

よろしかったらこの内容がYouTubeなどに動画配信されてるのもありますので是非ご覧ください。。
その動画に使われているBGMも心に響くと思います。
私は19話がわかっていても泣けて泣けて涙で最後まで読めません。

泣ける話ですがいつも心が気づかされる内容ばかりです。

主さん ありがとう。

No.84

第二十五話
■声


嫁は妊娠中。

もうすぐ八か月。

西日の部屋で、ソファに座ってお腹を撫でてる嫁を見てたら、なんとなく言いたくなって

後ろから抱き締めて「愛してる」って言った。

ただ、俺の嫁、ろう者なのね。

なんも聞こえないの。

わかんないの。


わかんないはずなの。

でも、嫁、振り返って

手話で

《わたしも》

って言ってくれた。


俺、明日もがんばれるわ。


完。

No.85

第二十六話
■優しい息子


同居している舅が癌で亡くなった。

壮絶な介護生活をしてきた姑が

通夜の最中に死に顔を眺めながら

「あぁ、楽になった…。」

とニッコリ笑って顔に布を被せた。

それを見た息子(4歳)が慌てて布を取り払う。

「じぃじ見えなくなっちゃうでしょ!だめ!」

今迄、気丈に振舞っていた姑が泣き崩れた。

「お父さん!お父さん!」

遺体に取りすがって号泣だった。

その取り乱しように子供も吃驚していたが

ずっと姑の背中を撫でていた。



完。

No.86

第二十七話
■陣痛の最中言ってしまった言葉!より


軽いオカルト入ってます。

私7か月の時夫が急逝、泣きながらもこの子を生んで立派に育てるぞ!と決意した。

いざ出産へ!

最初は「こ、こんな痛みあの人が感じた事に比べたら」と殊勝に頑張ったが、そうも言ってられなくなってきた。

ベッドで唸っていたら何と亡くなった夫がベッドの真横に居る。

嬉しくて嬉しくて泣いてしまい、驚いた義母と兄嫁に説明すると泣かれた。

「夫さんが付いてくれてるから!」って頑張ってたら、本気でそんな事言ってらんなくなった。

「ぎゅぬぬぬぬぬうぬうぬぬうううぬぬぬううううううううぬぬぬううううぬななうぬううう」と唸っていた

ふと気がつくと夫が居ない。

「うぎゃああああああーーん!!」と泣き叫んで義母に

「夫さんが見えないーー見えないーー!」と八つ当たり、

義母も「こらバカ息子!!出て来い!!」と叫んで、しばらく意識飛んだらまた夫が見えた。

「夫ー夫ー…(泣き疲れて寝る)ぎゅわわあああああああぬぬああああああああああああ(陣痛再開)」


続く…

No.87

本当に優しい夫、

優柔不断と言われた事もあった夫、

でも本当に私達を大事にしてくれた、

虫も殺せないとは夫の為の言葉、

本当に本当に優しかった夫。

幽霊の癖にめっちゃビビって、ドア付近に立ってるw

「夫ーー!しっかり見ろーー!これがお前の最初で最後の子供だーー!」

「ここに居てお願い!夫、パパになるんだよー!」

だの叫んでたら看護師さん達も号泣。

でも私はビシバシと夫がビビってるのを感じたw

それから生まれるまでほぼ意識飛んでたけど、子供の顔見た時

「うわぁぁー夫ー夫ー子供だよー」って言ったら

脳裏にあの優しい笑顔が出てきた。

医師や看護師さん達は泣いてたんだけど「大丈夫、夫いるから!そこに居るから!!」って言った。

生まれた子は夫クローンwwww笑っちゃう位wwww

義父母だけでなく、事情を知ってる夫親戚も見てうっかり笑う位w

陣痛の苦しみから見た幻かもしれないけど、

義母は「ドアの所に居た」ってのを聞いて信じてくれたw

「夫は怖がりだったからね…」って。

頑張って育てるんで私が行くまであの世でのんびりしててくれよ、夫w


完。

No.88

第二十八話
■父が泣いていた訳


自分がまだ幼稚園児の頃だと思うのだが、

夜中にふいに目が覚めると、父が覗き込んでいて、いきなり泣き出した。

大人が泣くのを見るのは、記憶の限りその時が初めてで、

しかも父はとにかく強くてかっこいい!と信じていたので、凄く吃驚して変に印象に残ってる。

その後、何度か確認する機会があったが、父がいつも

「夢でも見たんだろう」と言っていたので、何しろ幼児の頃の記憶だし、自分もそう思うようになっていた。

が、20年以上の歳月を経て、父はついに白状した。

当時、とにかく忙しい職場に勤めていた父は、朝は私が起き出す前に出勤。夜は就寝後に帰宅の日々。

寝顔をそっと覗き見るのが日課で、このままでは娘に顔を忘れられてしまうと不安に思っていたらしい。



続く…

No.89

そんなある日、いつものように寝顔を眺めていると、私が目を覚ましてしまった。

やばい、良く寝ていたのに、ぐずってしまうかも知れない…父が焦っていると、

私が寝ぼけ眼のまま「おとーしゃんだ」と言って、ニッコリと笑ったらしい。

ろくに顔をあわせることもできず、たまの休みにも疲れ果てて寝ていることが多い。

しかもこんな夜中に起こされて、それでもこの子は自分の顔を見て喜んでくれるのか、

こんなふうに笑ってくれるのか、と思ったら、愛しさが込み上げて思わず泣いてしまったらしい。

それがどうにも恥ずかしくて照れくさくて、どうしても本当のことが言えなかった。

嘘付いててスマン!と告白される結婚式前夜。

内心は萌えつつも、明日目が腫れたらど-してくれる!!と私が切れたので、笑い話になったが、

父が涙を流していたあの記憶は、私にとって良い思い出になった。


完。

No.90

第二十九話
■1985年の日航機墜落事故で亡くなった52歳の会社員の遺書


マリコ

津慶

知代子

どうか仲良く がんばって

ママをたすけて下さい

パパは本当に残念だ

きっと助かるまい

原因は分からない

今5分たった

もう飛行機には乗りたくない

どうか神様 たすけて下さい

きのうみんなと

食事したのは 最後とは

何か機内で 爆発したような形で

煙が出て

降下しだした

どこへどうなるのか

津慶しっかり

たのんだぞ

ママ こんな事になるとは残念だ


さようなら


子供達の事をよろしくたのむ

今6時半だ

飛行機は まわりながら

急速に降下中だ

本当に今迄は


幸せな人生だったと感謝している



完。

No.91

目が腫れる😭

No.92

泣ける😢泣けた😢

No.93

第三十話
■母の炊き込みご飯


俺は小学生の頃に母の作った炊き込みご飯が大好物だった。
特にそれを口に出して言った事は無かったけど母は判っていて
誕生日や何かの記念日には我が家の夕食は必ず炊き込みご飯だった。
高校生位になるとさすがに「又かよっ!」と思う様になっていたのだが
家を離れるようになっても、たまに実家に帰ると待っていたのは母の
「炊き込みご飯作ったよ。沢山食べなさい」の言葉だった・・・

会社に電話が来て慌てて向かった病室には既に近くの親戚が集まっていた。
モルヒネを打たれ意識の無い母の手を握り締めると
母の口が動いた。何かを俺に言いたそうだった。母の口元に耳を近づけると
「炊きこ・・・たよ。たくさ・・・・さい」と消え入りそうな声で言っていた。
それが最後の言葉だった。


「ママの作ったスパゲッティー大好き!」
口の周りを赤くしてスパゲッティーを食べる娘とそれを幸せそうな目で見つめる妻を見る度に
母の炊き込みご飯が食べたくなる。


完。

No.94

(;_;)

No.95

第三十一話
■小さな子ども達の友情

俺はセイコーマートで働いて三年目になる。いつもくる小さな子の話を一つ。
その子は生まれつき目が見えないらしく白い杖をつき母親と一緒に週に二、三度うちの店を訪れる客だった。
ある日、その子が一人で入口の前に立っている。入口のドアが引くタイプだったので俺はドアを開けてあげようとした。
その瞬間!同年代らしき糞ガキ二人が「お前さぁ、目見えねぇんだろ?素直に親帰ってくるまで家でおとなしく留守番でもしてろよ。バカだなぁ」といった。
さすがに俺も障害をもった人間に冷たくする人間は許せなかったので入口に向かったその時!



続く…

No.96

ガキの片方が「ほら、先に入れよ。ドア開けといてやるからよ。」と言った。
そしてその子の手をつなぎ、「何買いに来たんだ?」と二人組の片方が言うと、その子は「お母さんがすごい熱が出てるの。だから水枕に入れる氷買いにきたの。」と言った。
そして俺がレジで「398円です。」と言うと、二人組が「いいよ。俺が出しといてやるよ!そのかわりお前のお母ちゃんがよくなったら俺たちと遊べよな!」といい会計をすました。
そしてきっとその子の家までだろう。片方が氷をもち、片方はその子の手を繋いで帰っていった。
小さな子ども達の友情に感動!


完。

No.97

第三十二話
■ありがとうじゃねーよ・・・


3年前の話。
当時、金融屋をやっていたんだけど<裏金>その年の夏。
いつものように追い込みかけに行ったら、親はとっくに消えていたんだけど
子供が2人置いてかれてた。
5歳と3歳。<上は男の子、下は女の子
俺はまだペーペーで、周りの兄さんらと違って顔も怖くなかったらしく
家に行ったときすぐに下の子になつかれた。
ボロボロの服で風呂にも入ってなくて、「いつから親はいないんだ?」って
聞いても答えない。
「何食ってたんだ?」って聞いたら、上の子は下をむいて泣いた。
下の子が「こっち」って手を引いて裏庭に俺をつれていった。
破れた金網を通ってでたところは、小学校の裏庭だった。



続く…

No.98

「あのね、みーちゃんこれ食べたの」って池を指す。
嫌な予感がした。
だってさ、その池って金魚がウヨウヨ泳いでるんだよ・・・。
2人を抱きかかえて家に戻ると、テーブルに小さいボウルと茶碗。
「お前ら・・・金魚食ってたのか・・・」って聞いたら「・・・うん」
すっげーやるせなくて涙がでて、俺もその場にいた兄さんらも泣いた。
すぐに兄さんがたくさん食べ物と洋服を買ってきた。
近くの銭湯で体を洗ってやった。
その後、俺らじゃどうしようもないから施設に連絡をいれた。
連れていかれる時に「お兄ちゃんありがとう」っていってた。
・・・全然ありがとうじゃねーよ・・・俺たちがお前らの親を追いつめたのに。
俺を含めて何人かは、この後仕事を抜けた。


完。

No.99

第三十三話
■あーくしゅ


ささいな事で旦那と喧嘩をして家の中でお互い無視三日目。

二歳の娘がおもむろに私の手を引っ張り旦那の所へ。
旦那の手を取り、私の手と旦那の手をくっつけ

『あーくしゅ』

と言いながら泣いていた。

数秒の沈黙の後、三人で号泣。
きっと子供心にずっと辛かったんだろうな。

ごめんね。ありがとう。


完。

No.100

第三十四話
■父と母


両親は、仲が悪いのだと思っていた。
冷たく見えるぐらい素っ気なかったから。

両親の兄弟姉妹などから、
幼なじみで大恋愛だったとか、
周りの反対を押しきって結婚したんだとか聞かされても、
到底信じられなかった。


母が子宮癌で手術を受けた。
手術の終わる時刻を見計らって病院へ行くと、父が母のベッドの傍に座り、好きな歴史小説を読んでいた。
麻酔から覚醒したのか、母が痛い痛いと呻きだした。
父は即座に小説を閉じ、母の右手を両手で包み込んだ。
『ユミ、大丈夫だよユミ…』
まだ意識が戻りきっていないながらも、父の声に母が反応して答えた。
「タカちゃん…痛いよ…タカちゃん…」

父と母が名前で呼び合うのを聞いたのは、それが初めてで、最後だった。




母の通夜の後、
棺の中の母の頬を何度も何度も父は撫でていた。
黙って撫でていた。



完。

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