この世に汚い物は存在しない
この世に汚い物というのは物質としては存在しないという著名人がいました。
排泄物も吐瀉物も元は食べ物であり、人間の器官を通ってきただけだと。
「汚い」という潜在意識が汚いと思わせるということです。
皆さんはどう思いますか?
この世で一番汚いと思う物はなんですか?
私は他人の老廃物(フケや皮脂含む)
公衆浴場の脱衣場の床
やっぱり苦手です。
不快に思う方いたらすみません。
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一つ一つの物質は汚くはないのだろうけど
それを人工的に合わせて新たに違う危険物質に化けさせたり汚染されていたり人には危険な菌がある場合もあるし また食に関しても人は他の生物と違って化合物や薬に好んで汚染物質を口にしたりするし 不潔な生活をしているかも知れないし
やはり解らない物は直接触れるのを避けるし
生活を共にしない他人の排泄物は汚い避けたいと考えますね
スレを読みながら「汚いって何だろう?」と、しみじみ考えてみました。
汚いと感じるのは、元々は、細菌感染から身を守る為の本能ではないでしょうか。
其処から派生して、様々な汚れに対して感じるようになったのかな?と思いました。
私は繁華街の路地裏の汚さが苦手です。
この世に汚い物という物質としては存在しない。
この考え方は唯物論的思考だね。
排泄物、吐瀉物も元は食べ物で、人間の器官を通ってきただけだと。これは人間を機械に置き換えた機械論的唯物論の考え方に似ているな。
汚い物という物質は確かに存在しないだろう、汚いという言葉を認識して、汚いという概念・観念を認識した中では汚い物は存在はする、つまり、汚い物という概念・観念の中では汚い物は存在するが、物質としての汚い物は存在はしないだろう。
それは、汚い物だけではなく汚い物の対立概念である綺麗な物も一緒だね。
綺麗な物という物質は存在しないが概念・観念は存在する。
「汚い」という潜在意識が汚いと思わせることです。
潜在意識が汚いと思わせるには汚いという言葉を認識し、汚いという概念・観念を認識していなければ汚いという判断が出来ない。
「汚い」は概念・観念であるが、それは相対的で、主観(個別により汚いという認識であり感度が違う)であり客観的であり、普遍的(排泄物、吐瀉物は汚い物という共通認識がある)であり、また対立概念・観念である「綺麗」を知らなければ、何が「汚い」のか、何が「綺麗」なのか判断出来なければ認識も出来ないと思います。
「汚い」を知らなければ「綺麗」を知ることが出来ないと思うし、「綺麗」を知らなければ「汚い」を知ることも出来ないと思います。
この世で一番汚い物はわかりません。
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