コロナウイルスに感染して喉が痛いって伝えたし声も掠れてるのに夕飯に唐辛子入れると…
コロナウイルスに感染して喉が痛いって伝えたし声も掠れてるのに夕飯に唐辛子入れるとはどういう神経をしているんだろうか。
意味がわからない。
一口食べて喉にきたので母に調味料は何を入れたか聞くと唐辛子の名前は出て来なかった。
しかし私がこの赤いの何?と聞くと呑気にあ、そういえばちょっと唐辛子入れたよ~とのこと。
確かに少量だったしその料理に唐辛子が入っていなかったらぼんやりした味になっていたことだろう。
だが、それとこれとでは話が違う。
少量とはいえ喉がきつかった。
母も症状はだいぶ良くなっているようだが感染者だ。
なのに唐辛子を入れるとは熱でおかしくなってしまったのだろうか。
母も一応感染しているのに夕飯を作ってくれていることにはもちろん感謝しているが、母はそこまで頭は悪くないと思っていたというのに残念だ。
しかも母は自分に非があっても素直に認める姿勢を見せない。
唐辛子を入れるという発想に驚いた私はつい嫌味も含めて、母さんは唐辛子が入っていたのに喉が痛くならなかったのか?と聞くと吐き捨てるように、別に、と言われた。
子供の私はそんな母の姿を幼い頃からずっと見てきたが、みっともないとしか思えなかった。
すぐ感情的になってヒステリックに喚くのも、いい年したオバサンが哀れで仕方がない。
話が脱線してしまったが、結論は喉が痛いと言う娘に対して少量でも唐辛子を入れる神経は理解不能、ということだ。
悪いところしかないというわけでは無いんだけどな。
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なぜ皆さん否定的?
体調崩してるとか喉痛い家族がいる時って、まず身体に優しいものの中からメニュー考えませんか?
スープ作るのにもいつもは塩コショウ入れるところをコショウは省いたり、油はなるべく使わないようにしたり。
唐辛子とか、疲れててもうっかりでもわざわざ入れないと思う。
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