安楽死は認められるべきか? ポイントとして、 1.どのような基準で「…
安楽死は認められるべきか?
ポイントとして、
1.どのような基準で「安楽死が妥当とする人間」を選ぶか?
例えば、社会への貢献、生産性の有無で測る
2.関わる人の感情のケアはどうするのか?
残される家族及び親族の感情
安楽死を執行する人間の感情
類似例として、本来助けられたはずの命が、宗教上の理由により輸血できず、
助けられなかった医師の心理的負担はすさまじい
3.当人が本当に死にたいと思っているのか、安楽死制度により、死の強制が発生しないか?
「死にたい」という発言は額面通り、死を望むと解釈するのはあまりにも乱暴であり、むしろ行きたいからこその最後の訴えという場合も多い。
皆さんは、どのように考えますか?
私は賛成の立場です。なぜなら、私は障害者であり、障碍者雇用と障害者年金で生かされています。人並みの仕事が出来ず、そのうえ社会保障費を食いつぶす社会悪です。
教員の一族に生まれ、兄弟たちは立派に教員をやっています。格式の高い一族の中の汚点。それが私です。
このまま迷惑をかけ続けるならば、いっそ死に、臓器提供でもして、役に立って死にたい。
ただ、主に上記の三点で、その導入には慎重になるべきとも考えてます。
特に、安楽死制度の導入がさらなる差別を生み、安易に障害者に死を強制する社会になってしまうことは避けねばなりません。
しかし、現状、生きていくのは本当に苦しい。
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わたしは安楽死には反対です。
悪用する奴が必ずでてくる。気に入らない人間を安楽死させてけすとか。
スレ主が提案してるのは、いわゆる「安楽死」ではなく、自殺幇助のことだろね。
それって、法律で認めたとして、
「誰が」手を下すのか?
って疑問に思う。
それは安楽死ではなく殺人なんだよね
終末期医療とか植物状態の家族を持つ人とかの、色んな本を読んでみてほしい
安楽死が欲しいのはわかったけど、根本的には制度を使用したから、マトモって事?
それとも、受動的に誰かにそうして貰いたいから?
いづれにしても、全体を鑑みた時の合理性に欠けるんで、焦点を絞って、目先をずらすのはやめた方がいいですよ。
自殺ほう助のための安楽死には反対。
死ぬのは勝手だけど、なぜ安楽の必要がある?
主さんが求めているものは、安楽死とは違うものです。
安楽死の定義は世界的にもう決まっていますので、障がい者や死にたい人が利用できるものではないのですよ。
治る見込みの薄い寝たきりの人のためになら良いと思います。
まぁ、どうしても死にたい人は自殺するので、
わざわざ法律変えてまで許可する意味はないと思う。
10か国くらいの国が認めていて、其を基準に制定したら良いと思う。
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