ガチの障害者が生活保護とることについては意外とみんな寛容というか甘いですよね …
ガチの障害者が生活保護とることについては意外とみんな寛容というか甘いですよね
なんか納得いかない
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制度の悪用とは違うのでしたら、べつに何ら問題としません。日本人に与えられた最後の砦としての権利ですから、障害者云々関係なく、どうしても利用しなければならない場合は利用して構わないと思いますよ。
不満なのでしょうが、もし自分が働けなくなった場合にも利用できる権利なのですから、ある意味寛容であった方が良いのかな?と思います。
この制度は基本的に日本人(日本に帰化をして日本人として日本できちんと暮らしている人を含む)以外は利用出来ないように厳格に定めた方が良いと思います。
自分や親兄弟などの身内も
いつ、障害を持つか分からないんだよ。
事故や病気の後遺症で生活ができなくなる可能性だって長い人生あるよ。精神を病んで働けなくなったりね。
だから、自分のためにも寛容に。
なにが納得いかないの?
働かないでお金もらうのが
羨ましいとか思ってます?
自分は毎日、嫌なこと我慢して必死に
頑張って生きているのに?ズルい。
とか思ってます?
現代人らしい発想ですね。
しっかりと洗脳されている。
寛容、甘いの話ではなく、障害を負う人が生活保護に頼るのは真っ当な受給理由だと思いますよ。本当は良くないことなのに目をつぶってるという類のものではないです。
生活保護はやむを得ない事情で必要な生活費金を稼ぐことに困難がある人が最低限の人間らしい暮らしを国に保障してもらう為の制度ですから。
もちろん軽度障害で働ける人は生活保護を受けずに暮らしていますが、重度な人で親も高齢だったりすると稼ぎ手がいませんからやむを得ないと思います。
これがダメだったらどんなケースなら納得行くのでしょう。
みなさん、さまざまなご意見ありがとうございます。
「誰が受ければ納得するのか」という声がありますが、私は誰にも受けてほしくありません。
生まれつきであれ後天的であれ、障害を他人任せにするべきではありません。
自分の人生には自分で責任を持つべきです。障害も含めて、それが人生です。
その点を十分に考えず軽率な選択をしたなら、その結果を反省すべきです。
責任を他者に押し付けてまで生きようとするのは、傲慢ではないでしょうか。
これが自分の選択の責任であり、人生の終着点として受け入れるべきだと思います。
自己責任を重視する姿勢は理解できますし、努力できる人が制度に過度に依存することには確かに問題があります。
しかし、障害というものは本人の選択や意思とは無関係に生じるものであり、自己責任論をそのまま適用するのは公平とは言えません。現代社会における生活保護や障害者支援は、甘えではなく社会全体でリスクを分散するための安全網であり、権利として認められています。支援を受けることは責任放棄ではなく、むしろその制度を活用しながら可能な範囲で自立を目指すことが重要です。
したがって、障害者が生活保護を受けることは傲慢ではなく、社会契約に基づく正当な行為であり、罪悪感を抱く必要はありません。
問題は、努力できる人まで制度に頼ることを防ぎつつ、支援を必要とする人が安心して利用できる仕組みを維持することだと考えます。
子供は親を完全に頼って生きてますよね?
子供はシネと?
病気の人もシネと?
犬と猫も人間を頼って生きてますよね?
犬と猫も殺すと?
牛もにわとりも、馬も、みんな殺すと?
主さんは、誰にも頼って生きてないんですか?
それこそ傲慢ですよ。
この世界はみんなが、自分ができることをし、支えあって生きてるわけです。
寝たきりの人は、寝ながらできることを
すればいいのです。
死んではいけない。
働いてる健常者が、一番偉いなどという
発想が傲慢です。
願わくばすべての人に障害がないことを祈るしかないのですが、現実は厳しくて人は障害のあるなしを選ぶことが出来ずに産まれてきます。
誰もそれを望んでそうなった訳ではないと言うことはわかると思いますが、そうして産まれてきたからにはそれを受け入れて生きるしかありません。また、生きる過程において手助けを得なければならないことも、ほとんどの方は元々それを望んで得ているわけではない。産まれ生きる過程において手助けを得なければならないだけです。それを傲慢とは言いません。
障害者が悪いと言うことはありません。この制度の悪目立ちはあくまでも不正使用が原因だと思います。それを是正して健全に利用出来れば端から問題にもならないはずです。
この制度が本当に必要な日本人の方はきちんと利用するべきと思います。
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