小さなお弁当屋さんをしていた主人と知り合い、仕事をサポートして、大きくなってもら…
小さなお弁当屋さんをしていた主人と知り合い、仕事をサポートして、大きくなってもらいたいと、2000年、教員をやめ、奮闘、株式会社を立ち上げ、山あり谷ありのなか、年商一億は維持出来るようになりました。いま59歳、強い信念をもって教員になったことが思いおこされ、人生の限られた時間をいつまで自分にとって異形職と思える仕事を続けるままでいいのか悩んでいます。主人は一か百かの人で、私が違う仕事をすれば夫婦はすれ違う、きっと壊れていくという自論を強く持つ人です。長く自分に無理を強いて、精神にも支障をきたし、向精神薬を常用しながら頑張ってきました。主人はいうことをきいてさえいればお前のお陰で大きくなれたと、とても大切にしてはくれます。でもこのまま、自己実現感のないまま年を重ねていいのかいてもたってもいられなくなります。身体は変調をきたし、睡眠薬の常用が辞められません。また、無理に、講師として、今教員に復帰することは、IT化したであろう現場にワードしかできない自分が対応できるのか、伴侶を失って次は現場でタイムスリップしてきたような自分が役にはたたないことをかみしめさせられるだけなのではないか、今、どう前を向いていきていったらいいのか悩んでいます。
タグ
新しい回答の受付は終了しました
教壇以外にも教える場所は有ります
そちらを考えてみては?
家庭教師なら個人でも出来ますし
お弁当屋さんの傍ら
昼食付き(お弁当)家庭教師なんて喜ばれそうな気もしますよ
学童も有りですね
元とはいえ教師なのにお悩みにスレ立てるのか…
どっちに重きをおくかじゃないの?
教壇に立つ、児童が成長するのを見る喜びは忘れられないと思うし。
1さんに同感です。
主さんの感覚は正しいと思います、
正しいというのは主さんのような人から
何かしらの形で教えを頂きたいと願う存在が沢山いるからその想いが発生してるように思います。
それは10代の子供たちかもしれないし、
料理が好きだけどどう商売にしていいか分からない大人、年配の方も多いと思います。
今から強く求められるのは手のぬくもり、アナログ力だと感じます。
お弁当屋を再開してみるとか?定在適所の原点に変える。
お薬を飲んでいるのが答えな気がします
相談できる信頼ある教員の方はいらっしゃったら一番良いのかもしれませんが、悩んでおられるなら教員に復帰するのが良いと私は思いますけどね…
夫婦とは、お互い尊重しあうのが夫婦だと私はおもうので…
例えば68才とかでもしも旦那さんが亡くなったら…教員にはもう戻れないですよね?
もしも戻れても今より頭もかたくなっていきます
離婚したらどうですか?夫のために我慢する人生なんて、私は嫌です。まずは非常勤講師などから教員に復帰してみて、ダメそうなら半年〜1年で辞めるとか。変に責任感にかられずに、気楽にトライしてみればいいと思います。
私も教育の現場で働いていますが、ついこの間も育休復帰して半年で辞めた方がいました。でも、それは仕方のないことです。周りの人に負の感情はありませんよ。
新しい回答の受付は終了しました
