性同一性障害について。 風呂・トイレにこだわる理由は意味わからない。 体…
性同一性障害について。
風呂・トイレにこだわる理由は意味わからない。
体の性で入りたくない。というのはすごく良くわかる。
ただ、行くとするなら...という話があまりきちんと議論されていない。毎回ほぼ必ず、"でも、そういう変態がいるから..."。という話に帰結している。私自身、性悪説で物事考えるからこの考え方は分かるけどズレてる気がする。
「個別の風呂に入れば良いじゃん」「多目的トイレいけば」とかは分かる。
ただ少なくとも、この世界には性が2つしかないから、どちらかの空間しかないなら?ということ。トイレなんかは多目的トイレがない場合もあるし。
そりゃ"ザ・男"、"ザ・女"って人が行くのはダメ。でも、手術とか全部やった人がどうか。という点。特にトイレは生理現象だから、それを処理するっていうのがトイレの役割ではある。ここの議論があまりなくて、性同一性障害と変態の話が一括で議論されているから気持ち悪さがある。そもそも自認と自称の点がこの点が違うと思う。手術してないなら行くなよ。とはもちろん思ってる。自称で行くそんな変態、はなからだめ。と思っているからこそ。戸籍の変更も手術が前提だからだろ。と思ってる。
あまりまとまってないけど、Twitterでこれ系のツイート見つけたから実行するかどうかは別にして自分の意見とかをどこかに吐き出したかっただけです。
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No.4441902 2026/03/26 14:21(悩み投稿日時)
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