4年
ここ4年くらい、生と死について考えてしまいます。人生の経験が少ないせいもあると思います。毎日、頭の中でグルグルとリングが回転するみたいに考え、めぐらせてしまいます。考えがまとまらない時もあります。友人、家族とかに『生と死』について、とことん話したい気分なのですが、ひくと思い言えません。この複雑な気分をスッキリさせたいです。どうしたらいいのでしょうか。
教えて下さい。
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きっと誰もが考えてみたりしてるよ。君と同じ気持ちなのかもしれないよ?生や死は、言葉なんかじゃ完全な理解は難しいんじゃないかな?だって、言葉は「人工産物」、限界があるよ。きっと、何か感覚的なものでみんな感じたりしてるんだよ。だから、確かに生も死もあると感じてわかっているはずなのに、それがよくわからない。それで考えてみたりするんだよ。言語で大抵の自然現象は説明でき、理解できてはきただろうけど、完全な答えにはならない。それで科学者は数式つまり数字としてパターンを説明する。仮に、ぼくらがその答えに近付いていっているとしても、多分「永遠に近付く」だけで終るとぼくは思ってる。前向きに考えるとしたら、ぼくらはずっとそれについて新しい知識を探し続けていけるってことかもしれない。人生と呼ばれるものも、いくつもの運命の選択が表れ、未知への旅を生きている限り歩み続けられるんじゃないかな。いろんなことを考えながら生きていくことは、同時にその問いを考えていくのと似ていないだろうか?誰かの言葉を恐れてばかりじゃ、世界は広がらないよ。まずは自分を信じていこう。
>> 7
シンさん、レスありがとうございます。
生と死の゛問い゛に目覚めた理由は、死が恐かったからです。そして同時に死のうと考えている、自分が恐かったからです。
シンさんの言う通り、いろんなことを考えながら生きていくことは、同時にその問いを考えていくのと似ていると、私も思いました。
私の生と死は
生きるは
ただ生きること
死ぬは
ただ死ぬこと
これだけです。
シンさんの言葉を何度もみたら、簡単になっちゃいました。
悲しいと思ったら文字にするより、悲しい顔をする。楽しいと思ったら言葉で言うより、楽しい顔をする。それが本当の意味の自然。
生と死も似ていて、自然のままに流れていく……と気付かせてもらいました。
シンさん、本当にレスありがとうございました。
小娘。
ぼくはただ自分の考えを君に意見しただけ。君自身が考え、そして気付いたことなんだよ。また発見が見つかったね。生や死というのが気付かせてくれるのは、きっと悲しいことや苦しい、怖いことだけじゃないと思う。その問いの意味を探してみてもいいんじゃないかな?また今から「生きて」旅をしていけばいいさ。
生意気なやつ より
>> 9
私はシンさんを呼んでいた。心の底から呼んでいたの。面影をずっと追いかけていた。あこがれていたの。
シンさんが来なかったら、生と死の視点を見間違えているところだった。複雑にして、細分化しているところだった。
シンさんに勝てないことは、わかっていました。他の人にはない、シンさんの文章には命があるの。
4年間生きてきて良かった。シンさんに出会えたから…。
本当に本当に良かった……。
でも、ちゃんと、問いの意味はこれからも探します。考えることが好きだから。
シンさんにもらった、やさしさを私も分けてあげられる人になりたいと思いました。
私は強い人間じゃなかったです。強がっているだけでした…。
一日一日を前向きに、シンさんみたいに、何かを探して、感じて、生きていきたいです。旅を楽しみます。
自分を信じていきます。
シンさん、いろいろとありがとうございました。
(ο^_^)
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