中学一年生です。醜形恐怖症で毎日学校が鬱です。自分の顔が見たくないんです。でも完…

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2025/05/27 00:47(更新日時)

中学一年生です。醜形恐怖症で毎日学校が鬱です。自分の顔が見たくないんです。でも完璧でないと納得出来なくて頻繁に鏡を見てしまいます。人に顔を見られるのが怖いです。見られてなくても思い込んでしまいます。誰も顔を見ないで欲しい。可愛い、とか優しさでもほんとでも外見について言わないで欲しい。そう思ってしまうと人の顔も見れません。朝も支度をしている時に泣いてしまいます。顔のパーツ全部がコンプで辛いです。鏡を見ない癖、忘れさせる方法はありますか。

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No.4305145 (悩み投稿日時)

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No.1

鏡を捨てる

No.2

貴方はどんな顔でも容姿でもいいんです。
私は貴方がどんな顔でもいいんです。もし顔を見られるのが嫌ならマスクとかもあるしなんでもあるんです。貴方が私の言っている事を聞きたくないんだったら別にそれでいいんです。無視すればいいんです。人の容姿だけで判断する人間はマジでヤバイんです(侮辱してる訳じゃないよごめんなさい)
私はそう思います。もし嫌なら書いてくだされば私が気づいたらすぐ消します。
安心して下さい。

No.3

私も容姿にたくさんコンプレックスがあったのでお気持ちが痛いほどわかります。
私の考え方が変わった経緯を書きますので、もしためになりそうでしたら、読んでみてくださいね。

私は周りの美人と言われる方々と自分の容姿を比べては落ち込んでいました。あの女優さんは目鼻のバランスが綺麗だとか、唇が立体的で可愛らしいとか。それに比べて私の顔は、鼻が大きくて潰れているとか、求心顔だとか。本当に詳しく細かく人と自分の顔を分析していたのです。

そこでメイクを始めましたが、あれは酷かったですね。どんなに塗りたくっても影や光をつけてもやっぱり変わらない部分が浮き彫りになっていくだけでやはり辛い。「不自然」でみっともないと感じてしまいしました。おまけにファンデで顔も乾燥しますし化粧品の匂いがしますし、「不快」でもあったんです。

なんでこんなことをしないといけないんだろう。と思いました。

そこで一つ気づく事がありました。
私は自分の顔を美しくないと思うと同時に、人の顔も評価していたのです。つまり自分を醜いとみなすことは同じ特徴を持った方々の顔をもまた醜いと判断してしまうことになるからです。私がメイクで消そうとしていた所、作ろうとしていた所。その全てが偏見の塊であるような気がしたのです。

私はこんなしがらみから解放されたいと心から思いました。昔からある「人を見た目で判断しない」「美しさとは内面である」こんな綺麗事たちを、偽りなく自分の感性に落とし込んでみたいと思いました。

それからまず、自分の顔を見ることを辞めました。そして人の顔を見ることを辞めました。
すると反対によく見えるようになったものがありました。それはその人の表情であったり、仕草です。この人は物を置くときとても静かに置くなぁ。この人は美しい言葉を選ぶなぁ。この人は無邪気な顔で笑うなぁ。この人の服はいつもシワがなくて清潔だなぁ。

気づけば私の判断基準はまるきり変わっていました。ずっと誰に美しいと言われたいわけじゃなくて、私が私自身を美しいと思ってみたかった。そして周りの人のことも分け隔てなく美しいと思いたかった。そんな気持ちが私を変えてくれました。
長くなるので、続きは新たな投稿をしますね。

ここまで飽きてしまったのなら。続きは読まなくても大丈夫ですよ。ここまでありがとうございました。

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