今は発達障害や精神障害や境界知能があれば概念があって手を打って育てられるし、 …
今は発達障害や精神障害や境界知能があれば概念があって手を打って育てられるし、
それらが見つかってなくても(後に見つかることもあるでしょうけど)全日制のスクールカーストに揉まれる以外での進路に理解や配慮のある世の中になってきているのは良いと思うのですが、
ただ、これを言い出すと学歴社会自体が間違いで変えるべきとなるのでしょうか?
学校での人間関係と社会での人間関係は違う。学校に行けなくても人に迷惑はかけない。
それは事実ですが、そうなると、
勉強の能力と仕事能力は違う。勉強ができなくても人に迷惑はかけない。
だから、勉強を頑張らなくても良いし、学力や学歴で就活において判断されるのは間違っている。
となってしまうのかな、と。
①学歴社会自体を変えるべき
②スクールカーストに揉まれる以外での進路は認めるにせよ、学力や学歴で判断されるべき
③勉強が得意なら学力や学歴、そうでないなら専門学校で手に職、スクールカーストに揉まれる以外の進路も認めるなど、その人に合った進路で評価されるべき
④アメリカ社会(も学歴社会ですが)のように小中学生からバイトなどして小遣い稼ぎできる社会にして、学校で勉強やスクールカーストに揉まれるのが向かないなら早めに社会に出る選択肢を与える
⑤その他(具体的に)
※複数回答可
どれが良いと思いますか?
タグ
新しい回答の受付は終了しました
所詮、完璧な教育や、就活の方法なんて見つからないのかな。ありがとうございます。
分かりました。ありがとうございます。
新しい回答の受付は終了しました
