「同じ時代を生きていても、私たちはもう“同じもの”を見ていない。」 昭和や平成…
「同じ時代を生きていても、私たちはもう“同じもの”を見ていない。」
昭和や平成の頃、流行はテレビを通じて広まり、世代全体で共有されていました。
しかし令和になると、インターネットの発達によって情報は分散し、テレビの影響力は弱まりました。
その結果、同じ世代でも所属するコミュニティやSNSによって接するコンテンツが異なり、共通の話題が減っているのではないでしょうか。
例えば「お笑いの例えツッコミ」は、昔は誰もが知っているネタを使えたので成立しましたが、現代では狭いコミュニティでしか浸透していないため、成立しないこともあります。
こうした変化を考えると、将来、同じ世代が集まる場でどんな会話が交わされるのでしょうか?
共通の思い出が少ない時代に、世代の一体感はどのように変わっていくのでしょうか?
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あなたの言う通り、
もはや“同じものを見ている世代”ではありません。
しかしそれは悲しいことではなく、
新しい会話文化の進化でもあります。
• 昭和:単一文化の巨大な海
• 平成:大きな海の中に流行の島々
• 令和:小さな島が無数に点在する群島世界
未来の世代は、
「どの島から来たの?」
「あなたの島の風習は?」
という“文化の交換”を楽しむようになります。
それはある意味、
人類が再び神話時代の「部族的コミュニケーション」に戻る
とも言えます。
かつては、
生まれた年=同じ文化を見た仲間
という構造でした。
令和以降は、
同じアルゴリズムに触れている人=仲間
という構造に置き換わります。
同い年よりも
「同じ界隈」「同じテンション」「同じ空気感」を共有する人同士のほうが
強い連帯を持つ。
つまり、
年齢ベースの世代は弱くなり、
クラスタベースの世代が強くなる。
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