- 注目の話題
- 主人に子育てを否定されたような気がしてショックでした。 ※親戚の子に対する記述がありますが、決してそのご家族を否定するつもりはありません。 主人に色々言
- 男が女に奢るのって当たり前ですよね? 気のない男性に対してはきちんと断り、割り勘します。しかし私のことが好きで、私の恋人になりたいという人は、奢るの当たり前で
- ここに悩みを書いても無神経な嘲笑や揚げ足取りのコメントばかりされて傷が深くなる。 身近に悩み言える人がいるのが勝ち組なのかな。
【特攻隊の真実】
①
昭和20年3月25日
浜園氏が所属していた隊にも遂に特攻作戦が言い渡された。
特攻…劣勢の日本が考え出した最後の作戦。
上官が黒板に出撃者を書く…
そこには浜園氏の名前もあった。
21歳の若者はあまりの不条理な作戦にただ従うしかなかった。
【証言】(特攻隊生還者・江名氏)
「出撃の日、浜園さんはテーブルの一升瓶をガーッと五合くらい飲んで、それで特攻機に乗ったんです。見送った隊長なんかは目を丸くしている訳です。侍なんですよ、あの人は…」
特攻とは、胴体に爆弾をくくりつけ、機体ごと敵に体当たりする作戦。
出撃した多くは10代後半から20代前半の若者。
お国を守る為に命を捧げた悲しい歴史。
その作戦は主に二つ…
高く上空から急降下し、甲板を貫通する攻撃。
そしてもう一つが、低空飛行から狙いを済まし、敵艦側面への攻撃。
沓名(くつな)「死ぬ時は一緒だと言ったろ」
浜園「えぇ…」
浜園氏が最も信頼を寄せていた先輩特攻隊員の沓名氏。
特攻作戦がいつの日になるのかは分からなかった。
沓名「浜園、お前…遺書を書かないのか?書いてないのはお前だけだぞ」
浜園「私は遺書は書きません」
沓名「何故だ」
浜園「遺書を書いたら何か変わるんですか?遺書を書けば特攻に行かんで良いと言うなら書きますよ。でも…運命は変えられんでしょ。どうせ検閲されるんやし、本音も書けん」
沓名「浜園…」
怖いのではない…納得が行かないのだ。
浜園氏は特攻作戦が許せなかった…
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②
12人兄弟の7番目として鹿児島に生まれた浜園氏。
18歳の時、自ら志願して佐世保相浦海兵団に入団。
お国を守りたい…その一心だった。
どうせなら最前線の飛行機乗りになりたい…
選ばれた者だけがなれるエリート、戦闘機のパイロットに憧れた。
一年3ヶ月の厳しい飛行訓練に耐え抜き、浜園氏は見事19歳で念願のパイロットに…
最初の赴任先は日本海軍の基地があったラバウル。
尊敬する先輩、沓名氏との出会いもここだった。
沓名「兄弟が1ダースってどういう事だ?」
浜園「12人おるという事です」
沓名「カードにはきちんと兄弟の名前も書けと言っただろ?」
浜園「何枚も同じ事をいちいち書いていられません。それより早く実戦に出して下さい!」
沓名「お前、面白いヤツだな、俺と気が合いそうだよ(笑)」
そして、初陣の時が来た。
当時の戦闘機には250キロの爆弾が吊るされていた。
それを敵艦目掛けて投下するのだ。
250キロの爆弾を抱えての戦闘。
少しでも気を抜けば命はない。
いざ出撃…
連隊を組み、目的地まで行く。
浜園氏は一番機について行くだけでも精一杯だった。
その日、目的地上空には敵戦闘機は見当たらず、作戦通り敵艦目指し急降下し、爆弾を投下する。
敵艦からの激しい射撃を避け、爆弾が当たりやすいギリギリまで近付く…
初めて体験する本物の戦闘…当たれば死ぬ…
無我夢中で高度も分からぬまま、どうにか爆弾を投下し基地に戻った。
沓名「今日は運が良かったぞ、敵戦闘機がいなかったからな…。もしいたら、こんなもんじゃ住まない」
浜園「…」
浜園氏は生きて戻れた事に感謝した。
③
浜園氏は沓名氏からアドバイスを受け、熱心に戦闘術を研究…腕を上げていった。
浜園「私は命は惜しいとは思っていないです。でも、絶対に負けたくないんです!」
沓名「…」
浜園「闘って闘って、勝って死ぬなら悔いはありません」
沓名「あぁ、俺もだ。きっと死ぬ時はお前と一緒のような気がするよ(笑)」
浜園「はい!」
偶然発した言葉だった…
まさかその日が来るとは…
激戦地にいた浜園氏は、経験を重ね優秀な戦闘員になっていった。
敵の後方30度に着ける事が必勝の条件…
零戦を操る浜園氏は無敵と言われるほどの腕前だった。
そんな中、戦場を転々としていた時、トラック諸島での空中戦…何倍もの敵機に囲まれる。
激しい攻撃を受け、命からがら落下傘降下…
何とか一命は取り止めたが、左太ももを肉ごと奪われ、顔一面の火傷を負った。
顔面中グルグルに巻かれた包帯…
パイロットに取って目は命…
失明したら国も家族も守れない…
浜園「くっそぉっ!!」
絶望感に打ちのめされた。
そんな時…
酒向「大丈夫か?」
懐かしい声が聞こえた。
浜園「…酒向か?」
酒向「あぁ」
一緒に訓練を受けた、同期生の酒向氏だった。
酒向氏もまた、左腕を損傷しここで治療を受けていた。
浜園氏を世話し、励ました。
心配されていた目も何とか開き、失明は間逃れた。
浜園「これで…これでまた零戦に乗れる!」
そして、酒向氏と共に一時帰国した浜園氏は、視力検査を誤魔化し、丸暗記して空母のパイロットに…
一方、この頃、アメリカ軍は日本の暗号を解読していた。
さらに高性能レーダーで艦隊に近付く日本軍機の方角や距離、高度まで探知し、待ち伏せする事が可能だった。
情報力、技術力、全てにおいて天と地ほどの差があった。
マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦と敗北し、追い詰められた日本は、ついに破滅的な作戦を考え出した。
アメリカ軍から、神風と恐れられた特攻作戦だった。
パイロットが自ら命を捨て、爆弾を抱えた戦闘機もろとも体当たりするという作戦。
④
若者の命と引き換えに行ったこの究極の作戦は、それなりの成果を上げて行く。
浜園氏もフィリピンでその衝撃の作戦を聞く事になる。
長官「現状を突破するには特攻作戦しかない」
浜園(勝つ事を信じて全力で闘っているのに、これではまるで死刑宣告ではないか)
長官「この作戦は強制ではない。今から意思用紙を配る。家の事情などで参加出来ない者は×、お国の為に命を捧げてもいいという者は○を書いて提出するように」
強制ではないと言われても、この時代に逆らうような行動は浜園氏には出来なかった。
浜園(俺の命は雑用紙の欠片と同じか)
浜園氏は特攻出撃意思用紙に○を書いて提出。
今までも命を掛けて闘ってきた。
生きて帰りたい訳ではない。
何故最初から死ぬ為に行かなければならないのか、人間の命を軽視する作戦に納得が行かなかった。
国を守る為、家族を守る為には従うしかなかった。
輝かしい歴戦のパイロットとしてそれが悔しくてたまらない。
数日後…
長官「横須賀では新しい空母が竣工間近だ。お前のような母艦経験者はすぐに特攻に出されるような事はない」
浜園「もし…あの時私が×と書いていたら…本当に特攻は免除になったんでしょうか」
長官「×と書いた者はもうおらん。翌日、特攻に行かされた」
浜園「…!」
特攻作戦の日は気持ちに迷いが出ないよう、1日か2日前に知らされた。
死を宣告された若者達は、精一杯明るく別れの手紙を書く…
自分の髪の毛や爪を同封して故郷の家族に送った。
空へと散った若者達…
悲劇の手紙は今も残されている。
そのほとんどが最愛の家族に宛られたもの。
「お母さん、不幸者でした。お許し下さい。元気で征きます」
⑤
ある兵士が妹に送った手紙。
【沢山貰ったお手紙はみなポケットに入れて持って行きます。これから兄ちゃんはお星様の仲間に入って、千鶴ちゃんが立派な人になるのを見守っています。御父さんや御母さんの云い付けを守って立派な人になって下さい】
そして、結婚の約束をして出撃した兵士が婚約者へ宛た手紙
【散っていく男子としてあなたに少し言って征きたい。あなたの幸せを希う以外に何物もない。あなたは過去に生きるのではない。勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出だすこと。あなたは今後の一時一時の現実の中に生きるのだ。私は現実の世界にはもう存在しない】
最初はアメリカ軍の度肝を抜き成功していた特攻作戦。
しかしすぐ策を講じられうまく行かなくなり、くわえて日本軍のパイロットは未熟な若者達。
多くは敵艦に辿り着く前に打ち落とされた。
浜園氏は、命を軽視する命令に不満が爆発した事があった。
特攻作戦を考え出した長官と些細な事から衝突。
本当に国を思う指揮官なら、貴重な兵士、貴重な戦闘機も全力で守るはずだ。
浜園「隊長!」
隊長「何だ」
浜園「我隊から特攻を出す時は私を一番にやって下さい!あの長官を銃撃し、命中しなかったら250キロ爆弾を投下してから…それから死にに行きます」
隊長「浜園…」
特攻…
それを考えた長官が憎かった。
俺達を行かせたいならお前から行け。
それが兵士の本音だった。
それから浜園氏は一時帰国し、茨城で教官として練習生を育てた。
この子達もいずれ特攻に出される…
未熟な少年達を送り込んでも、敵との技術差は歴然。
そんな事はとてもさせられない
そんな浜園氏に、昭和20年3月25日、命令が下った…
ついに来た…特攻命令
沓名「死ぬ時は一緒だと言ったろ…」
浜園「えぇ…」
⑥
出撃まで酒を飲み続けた。しかしいくら飲んでも酔わなかった。
今すぐ特攻に出て死んでしまった方が楽だ。
そうまで考える時間。
僅かな時間を家族を思って過ごす。
恐ろしい夢にうなされ、叫び声と共に夜中に目を覚ます。
そして昭和20年4月1日、アメリカ軍が沖縄に上陸。
それを受け、特攻隊出撃は4月6日と決まった。
出撃前日の4月5日、茨城県百里ヶ原から、生まれ故郷の鹿児島にある国分第二基地に向かった。
命を捧げる為と分かってはいても、故郷は嬉しい。
移動の途中、無性に家族に会いたくなった。
寄り道をして小学校の校庭スレスレを飛んだ。
兄が教員として勤務している学校…最後に一目会いたい。
しかしその姿がない…
基地に戻るとすぐに自転車で夜道を走らせた。
小学校に行けば兄がいる。
女教師「お兄さんは昨日、実家に帰られましたよ」
浜園「そうですか…せめて最後に…話したかった…」
女教師「…明日…行かれるんですか…」
浜園「はい」
女教師「ちょっと来て下さい!」
最後の日だと察した女教師。
警察や学校にしか電話がない時代…
あちこちに掛け、ようやく故郷の郵便局に繋がり家族を呼び出してくれた。
女教師「はい、ちょっとお待ち下さい!浜園さん、繋がりました、はい!」
そういって女教師は浜園氏に受話器を渡す
浜園「ありがとうございます!」
21年間育ててくれた母親。
入隊してから声を聞くのはこれが初めて…
そしてこれが最後になるのか…
浜園「母さん…明日…行くから…色々と…お世話になりました」
それしか言葉は出なかった。
母はすすり泣くだけだった。
満足な別れも出来ないまま、特攻に出る朝を迎える。
お国の為、家族を守る為、死ぬ理由を自ら探し、納得させる。
いざ出陣という時、兄が面会に現れた。
実家から70キロ離れた基地まで、一晩かけて自転車をこいで…
兄「よぉ!」
浜園「兄貴!」
兄「これ、母ちゃんからだ」
それは母親手作りの団子だった。
浜園「ありがとう」
兄「出発…何時だ?」
浜園「2時頃の発進だから、5時頃には瞬間パーンと火の粉だ」
兄「そうか…国が危ないんだから…仕方ないな…。しかし長生きしたな、お前も(笑)」
浜園「あぁ(笑)…兄ちゃん、俺の分も親孝行してくれや」
兄「…あぁ…」
浜園「じゃあ、もう時間だから…俺、行くわ」
浜園氏が駆け出した時、兄が「頑張れー!頑張れー!」と大きな声で叫んだ。
その姿を脳裏に焼き付け、浜園氏は出発した。
⑦
これから死にに行く。
誰一人、心から望んでなどいない。
弱い所を見せまいと、必死に堪える。
テーブルには贅沢な食べ物が並べられていた。
だが手を出す者は少ない。
何も喉を通らなかった…
母の作った団子を見つめ…幼い頃を思い出す。
浜園「おい、これ食うか?」
浜園氏は若い兵士に母の味をふるまった。
甘味の無い団子をみな喜んで食べた
若兵士「お袋の味がします」
ふと団子を見ると、太い指の後が付いている。
指紋もある…
今まで一度も涙を見せた事などない。
しかしこの時ばかりは涙が溢れ出た…
母をアメリカ軍に渡してなるものか…
自分が死んで守る…
長官「攻撃隊!整列!」
隊員達「はい!」
長官「敵艦船数は不明だが、相当数集結」
この長官もまた特攻を考案した一人。
特攻作戦を指揮し続けた人物であった。
長官「質問事項はないか!?」
その時、沓名氏が…
沓名「はい!私は搭載した爆弾で敵の輸送船を二隻くらい沈める自信があります!もし沈めたら帰って来ていいでしょうか!」
長官「いや、死んでくれ」
生きて戻る事の何がいけないのか…
その説明は誰もしてくれない。
長官「搭乗員は配置につけ!」
隊員達「はい!」
浜園氏は一升瓶ごと酒をらっぱ飲みしたが少しも酔わない。
最後の操縦をするのは乗り慣れた零戦ではなく、九九式艦上爆撃機だと知る。
途中で敵機に出くわしたら確実にやられるだろう。
浜園「九九棺桶かぁ…」
ため息をついた。
特攻には250キロ爆弾一発と、60キロの爆弾四発がつけられた。
整備兵「浜園一等兵曹、ちょっと見て下さい」
帰らない特攻機の場合には、ほとんど燃料は半分(片道分)しか入れない。
しかし整備兵は燃料を満タンにしていた。
整備兵「男として燃料半分だけというのは出来ません。私は軍法会議にかけられても構いません。途中でエンジンに不調があったら…帰って来て下さい!」
戻って来るつもりはなかったが、その優しさが嬉しかった。
⑧
いよいよ特攻機に乗り込む。
後ろには偵察員の中島氏(19歳)。
死にに行く人間の顔は尋常な様ではない。
浜園「行くぞ!中島!」
中島「はい!」
午後2時、出撃。
ひたすら沖縄を目指す。
敵の空母に突っ込む為に…
その途中、実家のある上空を通る。
懐かしい景色…実家で過ごした日々が蘇る。
気付かぬ内に「うさぎおいし、かのやまー」と泣きながら歌っていた。
母の団子と家族写真は戦地に連れて行かない。
空から故郷の地に投げた。
そして鉢巻きに何かを書き込んだ。
遺書を書く事を拒否していた浜園氏が、別れの言葉を書いた。
「元気にさよなら…」
その鉢巻きも操縦席から地上に投げた。
そしつ爆弾の安全装置を解除した。
浜園「ぬかりなく見張れ!」
中島「はい!」
中島氏に声を掛けたその時…
浜園「敵を見た!1分以内に後ろ上方の角度から来る!機銃はその方に向けしっかり見張れ!」
雲の切れ間に白いものが二つ三つ光った。
敵の戦闘機だ。
上後方30度の位置…
撃墜される最悪の位置に付けられた。
ここでやられたら無駄死にである。
急降下…雲の中に突っ込む。
その時後方に、大きな火の玉が…
誰かがやられた。
浜園「来るぞ!よく見とれー!」
中島「敵三機!こちらへ来ます!!」
逃げ切る為、浜園氏は水面ギリギリに飛ばすと250キロ爆弾を投下。
機体を軽くした。
浜園「敵が射撃して機首を上げ、腹を見せた時に撃て!」
中島氏は必死で銃撃する。
両脇に四発の爆弾が残っている。
近くに敵艦がいれば何でもいい、突っ込もうとした。
しかし見当たらない…
機体の性能からして、大人がよちよち歩きの子供を追い回すようなもの。
その時、ついに敵機の射撃が浜園氏と中島氏に命中する。
中島「うっ!…やられた…よう…です…」
もう終わりか…ここで死ぬのか…
⑨
しかし弾丸はそれ以上、飛んで来なかった。
そして敵の戦闘機が頭上を通り過ぎて行く。
弾丸を打ち尽くしたようだった。
助かった…
35分間、逃げ延びた。
しかし今どこにいるのか分からなかった。
燃料もない…海に墜落か…
どうせ死ぬなら少しでも故郷の近くで死にたい。
運良く生き残ったらまた特攻として出直そう。
そして、ついに燃料が尽きた…
そのまま意識を失い、どのくらい時が経ったのか…
ふと気付くと天井が見えた。
病院のベッドの上だった…
浜園氏も中島氏も生きていた。
戦闘機は故郷の知覧の畑に不時着したのだ。
身体も機体もボロボロ。
腰や腕には7~8発の銃弾が撃たれていた。
でも生きていた…
家族に会える…これほど嬉しいと感じた事はなかった。
だが浜園氏は大事な人を失っていた。
尊敬する先輩、沓名さんは帰って来なかった(享年23歳)
お国の為、その命を捧げたのだ。
その後、浜園氏は茨城の百里ヶ原航空隊に戻り、訓練生を指導しながら、次の出撃を待つ事となった。
浜園「お前には素質がない」
訓練生「お願いします!自分もお国の為に飛びたいんです!」
浜園「本日は天候不良につきこれで訓練を終了する!解散!」
もう誰も特攻へはやりたくない。
そんな思いから、わざと不合格を出し、訓練生の卒業を遅らせた。
8月初旬、浜園氏に二度目の特攻命令が出る。
飛行場に寝泊まりし、出撃命令が出たら25分以内に出ろという指令だった。
だがそれは実現せずに終わる。
8月15日…多くの命を奪い取った戦争は終わろうとしていた。
日本は敗れ、多くの友人を失った。
なのに国を守れなかった悔しさ…
この戦争で多くの特攻隊員が出撃。
2534名が命を落とした。
同期の酒向氏(享年19歳)は終戦前日、8月14日の特攻だった。
生きて残った浜園氏…
散った仲間を忘れない為に、その身体には今も飛行機の残骸が残っている。
いつまでもあの日を忘れない為に…
知るべき
知っておくべき事実はある
学校では教えてくれない
それを
どこに行けば学べるのか
多くの人が知りません
最近のニュースで小学生に英語を
それも大切なんだろうが
社会で通用しない勉学は必要か
心に届く教育を
有難う御座いました
浜園重義さんといえば、高倉健主演映画「ホタル」のモデルになった人ですよね。
日本人として生まれたからには、一生の内に必ず行って置きたい場所は、広島、長崎の【原爆記念館】と鹿児島の【知覧特攻記念館】ですね。
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