芸術がわからないです。ラクガキみたいや絵やゴミに高額な値段がついて取り引きされた…
芸術がわからないです。ラクガキみたいや絵やゴミに高額な値段がついて取り引きされたり、超写実的な絵なんかはおーすげー!って思うんですけど今の時代カメラあるから有り難みないし
名画と言われる絵もみんながすげーって言うから雰囲気ですげーって味わってるつもりです。
それでも私は絵を描くのは好きで市民展、県展レベルならちょいちょい入賞します。
しかし、芸術がわからない人間である以上これ以上の成長(芸術性の高い作品を生み出す能力)は望めないのでしょうか?
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芸術作品の美術品は芸術の為に存在していない。
目が飛び出るほどの金が行き交う利権や、一般人が手に入れられないものを所有する金持ちの優越感の為に存在する。
その根拠として、世の中にある素晴らしいものの中で、唯一美術品「だけ」がほとんどの人が理解出来ない。
世の中には素晴らしいもので溢れている。
美しい風景には多くの観光客が集まり、
感動する音楽には多くの人が聞き惚れ、
美味しいものには誰もが舌鼓を打つ。
人間の感性で差が出るのは当然だが、多くの人が共感するものがそれぞれにある。
しかし美術品だけは何かがおかしい。
素晴らしいものであるはずなのに、町の美術館はいつもガラガラだ。
世界的に有名な美術館にしても、美術品の価値がさっぱり分からない人達が取りあえずで行く。
それはおかしい。不自然だ。
美しい風景が見たくて行く、好きな音楽が聞きたくて行く、美味しいものが食べたくて行く。
それが自然だ。
美術品だけ不自然だ。
人間の感性は正直なのに、美術品に対してだけ明らかに不自然な反応をする人間達。
極自然に考えるなら、美術品は人間が無理やり作った価値で存在して、作品の素晴らしさではなく価値に対して群がっている様なものだ。
とある有名な話しがある。
戦国大名の織田信長。
彼は天下統一に向けて広大な領地を切り取り、家臣達に与える報酬を領地の代わりに茶器にした。
茶器は美術品だ。
家臣達に領地を与えると国力は伸びない。
しかしいくらでも作り出せる茶器を領地や金銭の代わりに与えれば、国力を落とさずに家臣達を満足させられる。
信長は当時それほど流行ってはいなかった茶器の価値を天下に示した。
家臣達は競って茶器を求めた。
信長は茶器を価値のある美術品として成り立たせたのだ。
それまで土間に転がって二束三文だった茶碗が、信長や有名な茶人が価値があると言えば、その茶器は広大な領地より価値があるものになった。
美術品とはそういうものだ。
権力者や市場を操る者達が作り出した偽物の価値を、欲にまみれた者達が欲する事で成り立つ。
10億するラクガキが10円で大量に買えるなら買うだろうか?
それよりも1万円する美味しいものが千円で買えた方がよっぽど嬉しい。
結局美術品は、それ自体に価値があるのではなく、価値があると言われるから価値がある。
他にも根拠はまだいくらでもある。
その人自身の絵の上手さもそうですが、人脈やセールストークなども影響してくるのでしょうね。
たとえば同じ絵を描いても、応援してくれる友達の多い人の方がより多くの人に絵を見てもらいやすい。すると、価値も跳ね上がっていきます。
絵を描くのは大前提として、売り込む話術も必要ですよ。
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