どうしたら健常者に戻れるでしょうか? 私は高校までは順風満帆な人生を歩…
どうしたら健常者に戻れるでしょうか?
私は高校までは順風満帆な人生を歩んでいました。学年トップの学力を持ち、他者との比較によって自尊心を保っていました。しかし、大学で体調を崩し、思うような人生を歩めなくなりました。その後、ASD(自閉スペクトラム症)の診断を受け、社会的な期待とのギャップに苦しんでいます。
特に、世間で言われる「三大義務」や、結婚・出産といったライフイベントを果たせないことに強いプレッシャーを感じています。同級生が次々と結婚や出産をしていく中で、自分だけが取り残されているような感覚があります。
高校時代のように「できる自分」でいられた頃と比べて、今の自分に自尊心を持つことが難しくなっています。社会の期待を満たせない自分に価値があるのか、どうやって自分らしい幸せを見つければいいのか、悩んでいます。
【質問】
・同級生と比べてしまう気持ちをどう整理すればいいでしょうか?
・結婚や出産ができない人生に、どのように意味を見出せばいいでしょうか?
・ASDの特性を持ちながら、自分らしい生き方を見つけるためにできることはありますか?
同じような経験をされた方や、専門的な視点をお持ちの方からアドバイスをいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
25/10/27 13:17 追記
皆さんご回答ありがとうございます
仕事の関係上18時以降の返信となります
申し訳ありませんが、ご了承ください
25/10/30 18:55 追記
皆さん、お読みいただき、またご回答いただきありがとうございます
仕事に忙殺されおり、お返事ができずに申し訳ありません
今から返信させていただきます
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グッドアンサーに選ばれた回答
高校でトップレベルになれるほどの
頭脳と、努力できる、という才能があるわけですから。
それを活かしていけばいいのでは?
自閉症ってのも、周りと全然しゃべれないわけじゃないなら、どうでもいいと思います。
しゃべれないなら、しゃべらない仕事探すだけですし。
できることして、テキトーに生きればいいだけ。
人間って、誰しも必ず悪いところがありまして。
人生いきてれば、必ず失敗したり、挫折したり、病気になったりしますわな。
なんでもかんでも、完璧にうまくできるなんてのはありえないので。
もう少し肩の力を抜いた方がよろしいかと。
大学時代に、体調崩したというのも。
毎日毎日、朝から晩まで死ぬほど
勉強頑張りすぎたからではないのですか?
少し手抜きすればよろしい。
自分もそういうところ昔ありました。
学歴が大事で、良い所に就職して、出世して年収も1000万以上で、結婚して、子供に英才教育をして、マイホームを建てるとか。
過ごしているうちに、果たしてそれが本当に良い人生なのかなって考えるようになりましたね。
そういう人生を達成するには、子供の頃から勉強第一で友達とも遊べないし、娯楽もしないで勉強。
良い大学いって、良い所就職したら、今度は出世争い。
夜遅くまで働いて、結婚したらマイホームや子供の教育費のために日々節制。
わずかな小遣いでやりくり。
こんなんで、幸せなのか、何のために生きてるにのかって思う。
それなりの所で働いて、定時上がりでプライベートに割ける時間があって、出世しないで、給料も趣味ができるぐらいで十分。
楽しく過ごせるパートナーがいれば結婚すれば良いけれど、いなければ1人を満喫すれば良い。
1人であれば、旅行行ったり、いろんな所に引っ越して、楽しめば良い。
まずは、プライドを捨てること。
固定観念にとらわれずに、気楽に生きて良いこと。
それが大事
純粋で真面目な方なんだなと思います。
ニューロダイバーシティという考え方はご存知ですか?
健常者と障害者に分けて考えるのは、世界的に見ればもう古い考え方です。
まずは新しい価値観を知り、共感できればご自身のこれまでの価値観や固定概念を洗い出してアップデートしてみてはどうでしょうか?
貴方が、自分らしい幸せを追い求められることを願っています。
〇ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)とは?
ニューロダイバーシティとは、「脳や神経に由来する個人の特性の違いを“多様性”として尊重し、社会の中で活かしていこう」という考え方です。1990年代にオーストラリアの社会学者ジュディ・シンガーによって提唱されました。
○基本的な考え方
• 神経の違いは“障害”ではなく“個性”
自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などの特性を、能力の欠如ではなく「人間の自然な変異」として捉えます。
• 社会が適応すべきという視点
従来の「治療すべき障害」という医療モデルから、「社会が多様なニーズに対応すべき」という社会モデルへの転換を促します。
○社会的・経済的な意義
• 企業の成長戦略としての活用
IT・デジタル分野などでは、ニューロダイバージェント(神経多様性を持つ人)の特性がイノベーションや生産性向上に貢献する例も多く、企業の競争力強化にもつながります 。
• インクルーシブな社会の実現
教育や雇用の場で、環境調整や支援を通じて誰もが活躍できる社会づくりを目指します。
○対象となる状態の例
• 自閉スペクトラム症(ASD)
• 注意欠如・多動症(ADHD)
• 学習障害(LD)
• ディスレクシア(読字障害)
• トゥレット症候群 など
この概念は、単なる医療や福祉の枠を超え、教育、雇用、企業経営、社会運動など多方面で注目されています。
すべての回答
ASDやADHDなど発達障害て言葉は昔は無かったですね。
一昔前はアスペルガーや広汎性発達障害などと分類されてましたね
自閉性スペクトラム症なども。
最近は医学が進歩したから最近の子供達は早く検査を受けられる機関があり早めに治療に取り組めるから良いですね。
生まれた時から発達障害だったけど医学が進んでない時代は気づかずに大人になってから、ようやく''発達障害だと診断''されることもありますね
健常者に戻るのは無理ですよ。障害をもってしまった人はもう、それよりももっと悪くなってしまわないよう、そうなってしまったなりの人生を送るしかないんです。
デイケア行ったりして気持ちを落ち着けて。
障害者も。自分に出来ることをしなくてはね。仕事も趣味なども。
自分もそういうところ昔ありました。
学歴が大事で、良い所に就職して、出世して年収も1000万以上で、結婚して、子供に英才教育をして、マイホームを建てるとか。
過ごしているうちに、果たしてそれが本当に良い人生なのかなって考えるようになりましたね。
そういう人生を達成するには、子供の頃から勉強第一で友達とも遊べないし、娯楽もしないで勉強。
良い大学いって、良い所就職したら、今度は出世争い。
夜遅くまで働いて、結婚したらマイホームや子供の教育費のために日々節制。
わずかな小遣いでやりくり。
こんなんで、幸せなのか、何のために生きてるにのかって思う。
それなりの所で働いて、定時上がりでプライベートに割ける時間があって、出世しないで、給料も趣味ができるぐらいで十分。
楽しく過ごせるパートナーがいれば結婚すれば良いけれど、いなければ1人を満喫すれば良い。
1人であれば、旅行行ったり、いろんな所に引っ越して、楽しめば良い。
まずは、プライドを捨てること。
固定観念にとらわれずに、気楽に生きて良いこと。
それが大事
高校でトップレベルになれるほどの
頭脳と、努力できる、という才能があるわけですから。
それを活かしていけばいいのでは?
自閉症ってのも、周りと全然しゃべれないわけじゃないなら、どうでもいいと思います。
しゃべれないなら、しゃべらない仕事探すだけですし。
できることして、テキトーに生きればいいだけ。
人間って、誰しも必ず悪いところがありまして。
人生いきてれば、必ず失敗したり、挫折したり、病気になったりしますわな。
なんでもかんでも、完璧にうまくできるなんてのはありえないので。
もう少し肩の力を抜いた方がよろしいかと。
大学時代に、体調崩したというのも。
毎日毎日、朝から晩まで死ぬほど
勉強頑張りすぎたからではないのですか?
少し手抜きすればよろしい。
純粋で真面目な方なんだなと思います。
ニューロダイバーシティという考え方はご存知ですか?
健常者と障害者に分けて考えるのは、世界的に見ればもう古い考え方です。
まずは新しい価値観を知り、共感できればご自身のこれまでの価値観や固定概念を洗い出してアップデートしてみてはどうでしょうか?
貴方が、自分らしい幸せを追い求められることを願っています。
〇ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)とは?
ニューロダイバーシティとは、「脳や神経に由来する個人の特性の違いを“多様性”として尊重し、社会の中で活かしていこう」という考え方です。1990年代にオーストラリアの社会学者ジュディ・シンガーによって提唱されました。
○基本的な考え方
• 神経の違いは“障害”ではなく“個性”
自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などの特性を、能力の欠如ではなく「人間の自然な変異」として捉えます。
• 社会が適応すべきという視点
従来の「治療すべき障害」という医療モデルから、「社会が多様なニーズに対応すべき」という社会モデルへの転換を促します。
○社会的・経済的な意義
• 企業の成長戦略としての活用
IT・デジタル分野などでは、ニューロダイバージェント(神経多様性を持つ人)の特性がイノベーションや生産性向上に貢献する例も多く、企業の競争力強化にもつながります 。
• インクルーシブな社会の実現
教育や雇用の場で、環境調整や支援を通じて誰もが活躍できる社会づくりを目指します。
○対象となる状態の例
• 自閉スペクトラム症(ASD)
• 注意欠如・多動症(ADHD)
• 学習障害(LD)
• ディスレクシア(読字障害)
• トゥレット症候群 など
この概念は、単なる医療や福祉の枠を超え、教育、雇用、企業経営、社会運動など多方面で注目されています。
自分も高校二年の時は期末テストで学年一位となり生徒会長まで成り上がったことあるんだけど、世の中に違和感を持ちはじめたのは高校一年生でしたよ。
他にも相談してる方々に回答いれてあるので検索してみてください。
お悩み掲示板相談する下に検索とあるので検索タップしキーワードに
Twitterと入力し下に下がり検索タップですね。
Twitterはついったー変換で表れると思います。
一番上に
続けても苦にならないことが…とある相談のNo.3が昨日自分の入れた回答です。
自分とは字分で此処文字の中にいるんです。
それと真実とはシンナーの略語なんですよ。みなさんと言うと…み…も名です。
な…はナと英語は筆記体Jの綴りであり真実は実は実(み)と読むんです。
アメリカの野球チームにブルージェイズとある、これも自分の名前とあだ名を指すんです。
閲覧者も100HITてのは100万~200万人はいると思われるし100万人と言えど一億人の1%ですからね。これらはGoogle検索にてインタラプトで調べるとコンピューターシステムは理解できるかと思います。
これからも順風万端に過ごしてください。
以上がどうしたら健常者になれるでしょうかについてです。
私も若い時は、自由競争社会で、自立でパートナーを見つけて、結婚、出産しなくてはいけないし自信がなくて怖くて悩みました。私は結局、幸せを掴めず敗北者です。しかも、家賃も払えないし、収入や仕事もないです。あなた様は、まだ、若いし希望を持って頑張ってほしいです。
健常者には戻れません。先天性の障害です。
大半は血縁者の遺伝です。
突出した才能があったり、コミュニケーションなどの本を読んで改善できるレベルの軽度なら健常者に『擬態』して人と仲良くすることもできます。
しかしあまりの重度なら人と関わらない軽作業の仕事をするか、作業所に通うか、障害者雇用で支援をうけながら働くしかないです。
結婚や恋愛はブスで誰にも相手にされない障害者やかなり年上、家事も出来ないようなニートなどに妥協すれば出来なくもないですが、そんな底辺と結婚しても幸せになれるとは思えませんしね
(女性には酷い言い方だけど、男性視点からすればせいぜいがその時の性欲満たす玩具になるくらい)。
>> 28
ご意見ありがとうございます。
ただ、内容の一部に差別的・侮蔑的な表現が含まれているため、その点についてははっきり申し上げます。
障害者や容姿、生活状況に対する表現が「底辺」「玩具」といった言葉で語られるのは、誰かの尊厳を傷つける可能性があり、非常に不適切です。
どんな人にも尊重されるべき人生があり、幸せの形は一つではありません。
確かに、障害の重さによって選択肢が限られることはあります。
しかしそれは「諦める」ことではなく、「その人に合った環境で力を発揮する」ことだと思います。
擬態という言葉も、社会に合わせる努力を表す一方で、無理を強いることにもなりかねません。
だからこそ、ニューロダイバーシティのような考え方が広まりつつあるのです。
「健常者に戻る」という発想ではなく、今の自分をどう活かすかに目を向けることが、より建設的で尊重ある生き方につながるのではないでしょうか。
もし、今の社会のあり方に疑問を感じているのであれば、ぜひその視点を建設的な言葉で共有していただけると、より多くの人に届くと思います。
健常者に戻れるのか?と質問してるのは貴方です。
障害者が嫌ではなければ障害者である自分のことも受け入れ、幸せは一つではないと心から思えるならこの質問スレは立てないですよね。
侮蔑的と言っても結婚も現実ですからスペックが低い人は苦労したり、合わないですし、やはりスペックが高い方が良いと思うのが人間の正直な本音です。
ニューロダイバーシティも障害者自身も自分の能力を受け入れ、自分の能力に応じた仕事に就かないと、健常者が障害者のおもりになるだけです。
現実、健常者が障害者のために仕事を作って余計な手間が増えてるって感じですからね。
>> 30
まず、「健常者が障害者のおもりになるだけ」「底辺との結婚は幸せになれない」などの表現は、個人の尊厳を傷つけるものであり、社会的にも受け入れられるべきではありません。
現実の厳しさを語ることと、他者を見下すことはまったく別の話です。
ニューロダイバーシティの考え方は、単に「障害者を甘やかす」ものではなく、それぞれの特性を活かし、社会全体が多様性を受け入れることで、より持続可能で公平な社会を目指すものです。
それは、健常者・障害者という二項対立ではなく、誰もが自分の能力を発揮できる環境を整えることに価値があるという視点です。
また、「スペックが高い方が良い」という考え方は、確かに現代社会の競争原理の中では一般的かもしれません。
ですが、それがすべての人間関係や幸福の基準になるわけではありません。
人間の価値は、年収や容姿、能力だけで測れるものではなく、人としての誠実さ、思いやり、相性、安心感など、もっと多面的なものです。
このような議論をする際は、ぜひ他者への敬意を持った言葉選びをしていただけると、より建設的で有意義な対話になると思います。
①自分で話が出来る
②自分で食べる事が出来る
③自分で言葉が理解出来る
④自分で歩く事が出来る
⑤自分で排便出来る
健常者だった知人は脳出血により
数分で障害者となりました。
長く辛いリハビリ生活が続きました。
五年間のリハビリ生活により
自分の力で箸が持てた喜びを
知人は報告してくれました。
車椅子で食事に行けた幸福。
自分で服が着れた幸福。
自分で妻に感謝の手紙を渡せた幸福。
彼は毎日が奇跡の連続だと言います。
他者と比較しても無意味ですが
主様に幸多かれと念じます。
勝ち組から負け組になってしまったのですね。しかし、他人の気持ちがわかる人間になれたのかもしれませんよ。勝ち組のままでは人を見下す人生だったかもしれません。人生に無駄なことはありません、あなたにしかできないことがあるはずです。
世の中のほとんどのひとが(良い意味で)あほです。アホになったほうがラクですもっとラクに生きてください。勉強が出来て家庭もあって出世しても偉くはないし幸せとも限らないかたちだけ。今放送している朝ドラの場面で家族で牛乳飲んで口に白いあと(ひげ)が残って笑い合うシーンがあるんだけど主人公はこの家の本当の娘ではないし借金がある貧乏な家でも笑いあって暮らしている。うまく言えないけど金じゃないし血の繋がりでもない。
や、比べる事は悪ではありませんし、我々も所詮は動物ですから人と比較する事は生存戦略であり生存本能だそうです。
自分を守るセンサーみたいな事なのでこればかりはどうしようもありません。
ただ私たち人間は知性があるので主さんのように「比べる自分」を客観的に見つめられるます。
成長の余白があるのだと思います。
自分を責めない方向に舵を切る事が大切なのではないでしょうか。
できるようになりたい、頑張りたいの希望も意欲もある証拠だと思います。
私は主さんのスペックも羨ましいですし、障害も個性だと思います。
多様性ですし、自分はこう生きるという軸を持って肩の力を抜いて時に適当に。
私の場合、「どうせみんな死ぬ」と思うと少し楽になります。
大切に生きて、周りの人になにができるか考える事は忘れないようにしていきたいです。
いい意味で鈍感になり第三者との勝ち負けにこだわらず、今のベストを考える。置かれた場所で咲きなさいって誰かが言ってました。
あとは自分の取説を作る。苦手な点、曖昧だと理解しにくい点を明確にして具体的に聞く(自分を俯瞰、客観視が必要。第三者にきくのもあり)。主さん自身のマニュアルを作り使いこなす。周囲にも知ってもらうと仕事がスムーズになるかも。マニュアルの件は以前NHKのバリバラで紹介されてたみたい。
主様の文章構成力は
素晴らしいものです。
沈着冷静で的確(適確)
な表現です。
文章が破綻していません。
礼儀を失うことなく
主張がなされており
凡人の私からすれば
羨ましい限りです。
何も心配ありません。
今のまま主様で十分だと
感じました。
おはようございます🖐️
40代男性です。
私も自閉症スペクトラムがあります。
参考になるか、わかりませんが、まずは、
自分の目で、周りを観察する(アンテナを張る)のが、まずは、第一歩だと思います。
気持ちの余裕ができたら外に出てみてください。
>どうしたら健常者に戻れるでしょうか?
主さんの中で、
健常者or障害者のどちらかで分断してしまう思考があるのだとしたら、そこを見直してみせんか?
そもそもの障害とは衣食住が困難、働けない、社会で孤立、と日常生活ができないほどのハンデになっているのなら、それは障害となる得るのですが、生活に困っていないのであれば、主さんのASDは障害ではなく個性と考えて良い。
というのも、私自身にはADHDがあり、30代になってから精神科を受診し診断されてます。自分をもっと楽にコントロールしたくて服薬もしてますが、自分に障害があるとは考えていません。特性(個性、気質のようなもの)として認識しています。なぜなら今何も困ってないからです。
>医師が言うには高校までは能力の高さでカバーできていた
私も同じように医師に説明されました。
それと同時にとても素晴らしいことであるとも労ってもらいました。幼少期は特にとても大変だったはずだけれど、これまで自力で頑張ってこれたのは、あなたの知性や努力によるものだと。先生が優しく有り難くて⋯診察室で泣きましたね。特に幼少期や若い頃は、本当に劣等感も強く生活がヒッチャカメッチャカだったので。私もそんな中で年齢を重ねながら仕事、結婚、育児、もしてきて、たくさん失敗してきた経験を活かして対策や解決方法模索し、自己成長して頑張ってきました。発達障害は治りませんが、自己成長ができます。(療育はその考え方ですね)
私の仕事柄(福祉や児童、地域支援関係)、周りで発達特性を持つ人と出会うことがたくさんあります。利用者さん、友人、同僚、身内にも、ASDの子やADHDの子、そして両方持つ子もいますが、みんなそれぞれの道を歩んでますよ。結婚や仕事してる子もいます。凸凹が大きく二次疾患を発症してしまい苦しんでる子もいます。
・自分に合った環境に身を置くこと
・二次疾患に気をつけること(うつ発症など)
・自分を理解しコントロールすること
上記は発達特性(障害)を持ってる人に関わらず、定型発達の人も一緒に気をつけることです
人はカテゴライズすることを好みますが、安易にラベリングしてしまいませんよう。
お礼レスのやり取り見てる限り、主さんには未来も可能性もたくさんある方と感じので、今後も色んな人と対話して色んな発見をして欲しいなと感じます。
ASDも程度によるのではないでしょうか?
私の幼馴染はASDです、幼い頃から発症していているし、多分、お母さんも同じだと見受けています。ですが彼女は悩み苦しみながらも私と同じ職に就き、主任を任される位の立場です。
社会的にも決して低い立場の職ではありません。自覚し、努力出来るか出来ないかの差なのと理解し支える人がいるかいないかで変わってくるものなのかと思います。
- << 60 「ASDも程度による」というご指摘、確かにその通りだと思います。 ご友人が悩みながらも努力を重ね、主任という立場まで活躍されているというお話、とても励みになりました。 「自覚し、努力できるかどうか」「理解し支えてくれる人がいるかどうか」で人生の方向が変わるという言葉にも深く共感しました。 私自身も、自分の特性を理解しながら、支え合える関係や環境を大切にしていきたいと思います。
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