それでも、理解されたかったっていう、つまらない話です 私は、10代のころか…

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2026/01/22 02:29(更新日時)

それでも、理解されたかったっていう、つまらない話です

私は、10代のころから、20年近くわたりひどい結婚をしていた。DV、浮気、ギャンブル、モラハラ。言葉にすれば簡単だけれど、実際にはもっと曖昧で、もっと逃げ場がなかった。
離婚した今となっては、「大変だったね」「よく頑張ったね」そう言ってもらえることもある。子どもは成人し、父親とは自ら縁を切り、私のことを「一番尊敬する人」だと言ってくれる。

今の夫は、すべてを知ったうえで隣にいる。客観的に見れば、私はもう“報われた側”の人間なのだと思う。

それでも、苦しみは消えない。元夫に対する怒りや、復讐心、そして何より「たった一言でいいから、謝ってほしい」
という執着が、今もふとした瞬間に蘇る。
本当に欲しかったのは、やり直しでも、愛情でもなかった。「本当に申し訳なかった」「苦しませたね」その一言で、あの地獄が私のせいではなかったと、誰かに確定してほしかったのだと思う。

出産後、二か月も経たずに職場復帰した。
私しか稼ぐ人間がいなかったからだ。
家事も、育児も、仕事も、全部私だった。

それでも子どもはずっと遊び相手をしてくれる父親に懐いた。
外では「子煩悩な父」と見られ、私は「仕事ばかりの家庭が疎かな母」に見えた。

仕事復帰したてのころ、バスの中で、泣き叫びながら私を拒否する赤ん坊を、元夫は「練習だ」と言って、無理やり私に抱かせた。

あるかないかもわからない周囲の視線の中で、私はただ惨めだった。

誰にも説明できなかった。説明する気力も、言葉もなかった。

そんな生活を経て、数年後、ついに私壊れた。アルコールに依存し、復讐のつもりで元夫の利用している出会い系サイトに登録し、毎晩知らない男と会った。

今思えば、あれは堕落でも反抗でもなく、
生き延びるための最後の手段だった。
その中で出会ったのが、今の夫だ。最初は遊びだったのかもしれない。でも、傷ついた者同士にしか分からない静かなフィーリングがあった。

私は時々、「もし、元夫と幸せになれていた未来があったのでは」と考えてしまう。
そんな自分が嫌いだ。

被害者を引きずる自分が醜いとも思う。
でも、分かっている。私が本当に欲しかったのは、理解でも正義でも復讐でもない。
ただ、誰かに聞いてほしかっただけなのだ。「あれは本当につらかったね」「よく一人で耐えていたね」

そう言ってもらって、当時の自分を慰めたかっただけ。時間が経った今、当時の私を完全に理解してくれる人はいない。それは事実だ。それでも、あの頃の私は、理解されるに値する人間だった。惨めだったことも、壊れたことも、必死に生きていたことも、全部含めて。

この文章は、誰かを責めるためでも、同情を乞うためでもない。ただ、あの時間を、なかったことにしないために書いた。

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No.4419761 (悩み投稿日時)

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No.1

なんででしょうね。
自分もなかったことにしたいし
辛かったねって言ってほしい。

けどその痛みがわかる人が
そばにはいないとそう思ってしまいます。

暴力、リンチで惨めな人を見てケラケラと
嘲笑ってるような人等、
ギャンブルなどで乗っかれば
どうにかなるかなと
集まってくるような人等、
そういう人にはもう付き合わないと
決めました。

今から自分で人生切り替えていけば
きっと過去が薄くなっていくと思います。

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