おしめも替えてもらえず、兄がストーブのやかんをひっくり返し私の足にやけどを負わせ…
おしめも替えてもらえず、兄がストーブのやかんをひっくり返し私の足にやけどを負わせ、父親から性的虐待をうけ、公園でみる紙芝居のお金5円がもらえず、トイレもお風呂も台所もないプレハブ小屋で生活し、幼稚園は月謝が払えず半分しか行かせてもらえず、小学生になるときの筆箱はとってきたもの。中学生のときは両親が毎日けんかし、泣いて暮らす。アイロンをあててもらったことがなく、自分で。遠足のとき弁当がなかったときもあったな。中学高校とお昼の弁当作ってもらえずパン購入ばかり。うなぎを食べたのもピザを食べたのも高校生になってから。子供のころ幻聴がきこえた事もあった。育ててもらった事は育ててもらったが、親だからって偉そうに上から目線でもの言うな!葬式には行かん。
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親の死に目に会わず、後悔しないなら、行かなくていい。
「紙芝居のお金」5円Google検索して、
昔は公園で紙芝居をするおじさんが本当にいたのですか?
知恵袋の昭和30年代ですね。
時代が時代ですから子供相手の紙芝居でもそこそこは食べていけたと思いますよ。
今と違い、5円はそんなに安価ではないお金です。
お好み焼きでも5円くらいです。
テレビが庶民の手に入り始める頃、紙芝居は見かけなくなりました。
日本の戦後はみんな貧乏でした。
今は貧富の差が出てきましたが、紙芝居やさんが活躍していたあの時代は殆どの日本人が貧乏だったので今より住みやすい国だったと思います。
かなり、昔ですね。
皆様、ご回答ありがとうございます。
フィクションではありません。
200万円でよその家にもらわれる予定でした。「ああわたしは200万なんだ。」とおもいました。
小学5年生から23歳で結婚するまで家族の洗濯は私が毎日していました。
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