楽しくて長らく続けていることって、「頑張っている」と言えますか? 私はかな…
楽しくて長らく続けていることって、「頑張っている」と言えますか?
私はかなり幼い頃から絵を描くのが楽しくてたまらなく好きで、10年ほど絵を描き続けています。
そのおかげか、周囲から「天才」など嬉しい言葉をたくさん貰います。一方、私は絵以外何か続けていることがあるかと言うとそうでも無く、むしろ中途半端な状態で投げ出すことが多いです。そのせいで勉強も運動もおしゃれもできません。
親からも、「努力をしない人間は将来絶対にツケが回ってくる」と言われてしまいます。
そこでふと思いました。「楽しい」という純粋無垢な気持ちだけで取り組み続けていたことは、「努力」とは言えないのだろうか。
皆さん、特技は努力の結晶だと思いますか。
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私も趣味が長いほうで、10年ほど小説を書き続けています。
でも、書いている中で、より良い描写を求めて試行錯誤したり、時代背景を調べたり、後から読み直してより分かりやすい文にしたりしています。
それは努力だと思っています。
それが幸いしてか、仕事で他人と話すときや文章を書くときでも「わかりやすい」と言ってもらえるようになりました。
間違いなく、小説自体も、それによる日本語力の向上も、努力の結晶だと思います。
「楽しい、好きだ」という気持ちの、結晶です。
ただ、「努力」や「頑張る」という言葉は、「『嫌だけど必要なこと』を強制された状況でそれを乗り越える場面」にも多用されます。
親御さんの言う「努力」はそちらの意味合いが強いのだと思います。
主さんが、勉強や運動を「中途半端な状態で投げ出すことが多い」とご自分でおっしゃっていますよね。
親御さんの言葉を翻訳するなら「主は好きなことを極める『努力』はできている。だが、生きていく上では、嫌なことを乗り越える『努力』も必要である」ですね。
あなたの絵は間違いなく努力の結晶です。
親御さんが求める「努力」とは少し方向性が違うようではあります。
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