俺、唯一の肉親である母親が癌で死んで、実家(市営住宅のアパート)で独りで母の遺品整理してた夜がヤバかった。

もう世の中に俺独り。
誰も俺を必要としてくれる人間はいないんだと思った。

母が使ってた座椅子、布団、コップ。
全部時間が止まった部屋に俺がポツンと居る。

薄暗い部屋で独りでボソボソと晩御飯を食べて、遺品整理。
ちょっと休んでまた遺品整理。
お風呂に入って遺品整理。

市営住宅を出なきゃなんないから、母の思い出のものも自分の手で捨てないとならない。
母の愛用の手芸道具をゴミ袋に入れる。
手が震える。

本当はアレもコレも取っておきたいけど、キリが無くなるから捨てなきゃならない。

見慣れた母の洋服も自分の手で掴んで、自分の手でゴミ袋に入れる。
また手が震える。
呼吸がうまく出来なくなる。
母が存在していた証拠を、自分が殺してる感じがする。

母が集めたスーパーのクーポン券の束。
せっかく母が集めてたのに、俺が自分の手でゴミ袋に入れる。
俺は使うつもり無いから。ゴミだから。
母が集めてたのに。ゴミじゃないのに。

なかなかはかどらない。
この部屋、空気が薄いと感じる。
身体がだるい。

夜中になったから寝る。
とても静か。
分かってるのにとても静か。
寝れない。
胸がハラハラする。
時間が止まってる部屋は息苦しい。

窓から部屋の外を見たら、隣の棟の灯りが見える。
人が生活してるあかしだ。
この部屋の外はたくさんの人が生活してる。
時間が動いてる。
でもこの部屋だけ時間が止まってる。

孤独に耐えられなくなって、テレビをつける。
でも見る気がしない。すぐ消した。
ここで母とテレビを見てた時の記憶が鮮明に蘇るから。
なにか期待してしまうから。
あの時に戻れるんじゃないかって。

また暗くして寝る。
やっぱり寝れない。
もう一度テレビをつけようか考えた。
でももう、つける勇気が無かった。

電気をつけて遺品整理をすることにした。
写真を整理し始める。
一枚一枚、しばらく眺めて長く手が止まる。
母がいた。
生きてる。写真の中の母は。

散らかった写真の上で横になった。
母がいっぱいいる。
眠れた。

朝が来た。
手配した業者のトラックにゴミがどんどん積まれていく。
ゴミじゃない。返せ。

全て片付いてガランとした部屋。
それでようやく理解した。

母は死んだと。