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やる気を出すと逆に上手くいかないことってありますか? 私は経験上これに当てはま…

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匿名さん
23/01/18 10:08(更新日時)

やる気を出すと逆に上手くいかないことってありますか?
私は経験上これに当てはまると思っています。現在、三浪している美大受験生なのですが、高校を中退して美術予備校に通うまで2年ほど引きこもっていました。
そのせいか精神的にかなり脆くなってしまい、自分のことクズだなという思いが強くなった結果、自己否定をするだけして改善するための行動を起こす気力が出てこなくなりました。
絵を始めてからは自分の才能のなさをまざまざと見せつけられて、その傾向が強まるばかりだったのですが、それでも他のことよりは取り組めていて、3年近く毎日8時間位は描いていました。それでもやはり評価されることは少なく、塞ぎ込むことが多かったです。そして、たまに綿密な反省や方法論や理論建てての事前準備などをした時に限って、今までで最悪の評価になることがあってその分反動も大きくて疲弊してしまいます。

最近もまもなく受験(今年で最後)ということで、精神的にもやる気だし絵を描くまでの準備はできる状態だったのに、結果は今までで一番悪かったです。
反動もきつくて、衝動的にリスカするまで落ち着くことができませんでした。
こういう人間は諦めて、目標低く生きていくほうがいいんでしょうか?

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No.3714937 23/01/17 01:11(悩み投稿日時)

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No.1 23/01/17 01:48
匿名さん1 

目標を低くするのではなくて、別の道も考えてみるのはどうでしょう?

多分美大の受験をされてたのだと思いますが、例えば美大に入ったあとやりたかった事がほかの学校(大学や専門学校)で学べないかとか、フリーターやりながらグループ展などに参加するとか。

私もすごく考えて計画立てたのに上手くいかないときありますが、思うようにいかなかった時のためにこの時点でだめだったら方向転換しようとか保険かけてます。
あとはひとりで考えすぎると周りが見えなくなるので、なるべく人に話すようにしてます。
意見がもらえたらラッキーくらいの気持ちで、自分が何したいかを知ってもらうために話してます。

No.2 23/01/17 01:57
お礼

>> 1 ありがとうございます。美大についてはもう開き直っている部分もあるんですが、絵の技術的なことは一生ついて回る気がしてしまうんですよね……ただ保険をかけるという部分は実践して行こうと思います。人に話すのはめちゃくちゃ苦手なんですが、何とか頑張ろうと思います。
ご意見ありがとうございました。

No.3 23/01/17 03:00
匿名さん3 

美大卒の者です。

課題によって対策も変わってくると思うのですが、自分なりに一生懸命考えてやってみたときに限って作品の出来が悪い、講師からの評価が思ったよりも悪い場合は何か考え方の方向性が間違ってて、何かがマイナスに働いてるのかもしれないです。

予備校では受験用の作品を作るし、受験で評価されるポイントを抑えた作品が高評価に繋がりやすいので、自分で考え過ぎずに講師に相談して、客観的な意見を貰うのが一番良いと思います。

講師によっても言うことが違ったりするので、信頼がおける講師数名に相談してみるのもアリかも。(安くない金額を予備校に払ってる訳だから、遠慮なく大いに活用すること)

作品は自分の心を写す鏡だから、容赦ないけど、嘘つかないのが良いところだと思っています。

この時期は今思い出しても、色々辛かったけど、やれることをやるしかないです。

No.4 23/01/18 10:08
通りすがりさん4 

ありますよね。美大卒のものです。
考えすぎたり、意気込みすぎた時ほど、空回りしたりするんですよね。

超訳ニーチェという、ニーチェの言葉を現代訳された本があるのですが、これを20代の頃に読んで、15年ほど経った今も忘れられないページが幾つかあります。


「力をいれすぎない」
というページ。

「自分の力の四分の三ほどの力で、仕事なり作品なりを完成させるのがちょうどいい。」みたいな教えで

簡単に話すと

全力で精魂込めて作られたものは、なんとも重苦しく、緊張を強いるものだ。それは、一種の不快や濁った興奮を与えたり、とにかく観せられる者にとって苦しいものになる。

けれど、四分の三ほどの力で仕上げられたものは、どこか大らかで余裕があり、ゆったりとした作品になる。それは、一種の安心や健やか、快適さを与えることのできる作品だ。つまり、多くの人に受け入れられる作品となる。



…みたいな事がかかれてるんですね。

私、これを読んだときに20歳くらいだったのですが、頭をガツーンとブン殴られるくらい衝撃で。

それまで、努力しなきゃ、死物狂いでやんなきゃ。それができないなんて、私はなんて駄目な人間なんだ。手抜きなんて駄目なんだ。
って思い込んで信じてたんですよね。

むしろ、怠け者の自分は、駄目だ。全力投球できない自分は駄目だ。って劣等感を子供のころから感じていて。

けど、全力で頑張れば頑張るほど訳がわからなくなり、評価もされない。

でも、ニーチェのいうように

確かに、全力でやろう!とした時ほど上手く行かないけど、遊び半分で描いたものほど周りからいいね!って言われたり、自分的にもリラックスしてノビノビした線が引けてたりするんです。

私は、美大に入ったものの遊びまくって、真面目な学生ではなかったのですが、卒業後はデザインとかの仕事をチョコチョコしつつ、他の分野の仕事を(児童支援系…家庭環境に問題あったり、子育て、不登校児童など)をしています。

どちらの仕事をやるときも未だにね、
四分の三くらいの力でやろう!って15年前に読んだニーチェの言葉を思い出してます。

それとね、
そこそこ大人になって思うのは、
振り返り改善点を模索する作業は良いけれど

無意味に自己批判とか劣等感って、抱く必要ないな、ってのも大事にしてます。

よかったら本、読んでみてね。

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