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他人の役に立って、感謝されることが本当の幸せ…なんてよく世間一般では言われますが…
他人の役に立って、感謝されることが本当の幸せ…なんてよく世間一般では言われますが。
その理屈が成り立つのは、普通の育ち方をした人間だけではないでしょうか。
かなり極端な例を出すと、虐待を受けて、学校などでもいじめに遭ったりして社会でずっと爪弾きにされ、迫害されてきた人間が、他人の役に立ちたいと思うかというと…疑問ですね。人間嫌いになって、他人の役に立ちたくない、あるいは他人は皆不幸になれと思うのではないでしょうか。他人の役に立ちたがのは、基本的に他人を信用している人間のみです。根本的に他人を信用していない人間から、他人を助けたいという発想はわいてきません。感謝されても喜びや幸せを感じません。
にも関わらず、世間一般で他人の役に立つのがいいことだという風潮があるのは何故でしょうか?
普通の育ち方をした人間が圧倒的多数だからでしょうか?
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虐待されるなどして自己評価が極端に低い人は、「他人に必要とされること」に自分の価値を見出すので、駄目な人とくっつきやすいということもあるそうだよ。
「他人の評価を気にする人」にとっては、「他人に認められること」は嬉しいことだよ。
そのような考え方のできる大人になることが望ましい、つまり
前提が「自己肯定できる人、その上で謙虚な人」だからですよ。
機能不全家庭で育った、いじめられた、もともと卑屈 という人間はその前提にまで行ってはじめてその定説にいきつけるということです。
役に立つというか、社会を回すということが推奨されその中で日本は特に協力しあおう、子供たちはそういった大人を目指しましょうと言われている。
そこにいきつけなかった人らはその人たちのせいじゃないけれど、普遍的に悲しい結果ですねと。
他人に貢献することでしか自分が幸せって思えないんです(少なくとも私は)
人って言うのは、常に幸せになりたいと思っていると思うので、
それを達成する手段のひとつが他人に貢献することだと言うだけです。
他人が不幸になることで幸せになれる人もいると言うだけです。
人は少なからず不幸ですし、幸せしかないなんて人はいません。
だから自分を幸せにするために他人を幸せすることに幸せを感じているのだと思います。
何かと前提同意しにくいお話なのですが、
あえてすべて主さんの話の前提を肯定して疑問にお答えすると
「誰もがまずは自分の幸せを考えている」
という当たり前の指摘が欠け落ちてます。
「他人の役に立てたら自分も幸せだ」
というのは
我が事と他人事がセットになった志向
というだけでしょう。
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